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問屋の仕事場から

2018.07.19
絣を読み解く 絣糸作り編①

絣という字

絣は先染め織物ならではの大きな魅力です。インドが発祥とされる絣の技術は東の果てである日本で驚くべき発展を遂げました。この絣を読み解くため、数回にわたって解説していきます。

まずは絣糸編と題して、絣模様を構成する絣糸について解説します。

秦荘紬の絣

絣(かすり)とは

そもそも絣(絣模様)とは何ぞやというと、生地を織る前に糸の段階で染め分けをした糸(絣糸)を組み合わせた柄のことです。先に糸を染めてから織るので先染め織物とよばれます。白生地から筆や型で色をのせる後染め織物は加工の自由度が高く、様々なパターンの柄を生み出すことができます。一方、糸の段階で染めておく必要がある先染め織物は作り出せる模様にコストの観点から大きな制約を受けます。例えば曲線を多用した柄や、多くの色で染め分けた複雑な柄は苦手です。

冒頭の写真、経緯の絣糸があわさった素朴な十字絣柄の織物です。糸の段階で染め分け、織る際に十字に見えるように調整する比較的単純な製造工程のものです。

そしてこちらがその十字絣を一つ一つのドットに落とし込み、模様を出す大島紬です。

大島紬の絣

大島紬9マルキ一元、力強く放たれる絣独特のパワーに圧倒される逸品である。

同じ先染めの絣織物ですが両者では比較にならないほどの手間の違いがあります。 工数の差は価格にも表れていて50倍以上の価格差につながっています。

なぜ「わざわざ糸の段階で染めて模様を作り出すなどと手間なことをするのか」と問われると、後染めでは出すことのできない魅力を求めた結果、ここまでたどり着いてしまったと答えるしかありません。飽くなき人間の美意識と熟達の職人技が成し遂げた日本が誇る最高の染織技術なのです。

染め分けられた絣糸

絣模様の元になる絣糸、糸の状態で染め分けられている。

絣の良さは素材そのものが染め抜かれていることに尽きます。糸自体が染まっているので、表面に色を載せている後染めの生地とは異なりヤケけに強く、各種堅牢度に勝ります。生地が擦れても仕立てかえて裏側を使えば着物の寿命も伸びます。そして糸自体が放つエネルギーは、後染め織物には決して成しえない力強さを演出してくれます。

そして一口に絣といっても様々な方法で絣糸が作られています。産地や織元によってたくさんの方法が考案されてきましたが基本的な原理は「防染」「摺り込み/捺染」の2つの方法に集約されます。

 

・糸を防染して染め分ける

糸に強い圧力を加えて染料につけると圧迫された箇所は染料が浸透しません。染料の浸み込みを防止する(防染)手段として様々な工夫で絣糸が作られてきました。後染めの技法である「絞り」もこの原理を利用して染め分けられています。写真は織り上がった生地の状態で紐でくくって防染していますが、これを糸の状態で防染を行うわけです。

絞りのハンカチ

絞りの藍染のハンカチ、紐で強く縛ったところが染まりきらず白く残って模様になる。

 

◎括り絣

括り絣と呼ばれているもので、糸を束ねて一部を強く括り、染料に漬けるとその箇所には染料が浸み込みません。括られた(マスキング:防染)箇所が染残り、模様を構成するので複雑な模様であればあるほど括る箇所は増えます。また多色使いをしようとすると染める回数が増えることから単色での色分けが多いのも特徴です。

括りの解説

束ねた糸に綿糸を縛りこむ、強く括ることで染料が浸み込まないようにする。

写真は結城紬の絣糸を手括りで防染している様子です。括る箇所をあらかじめ下書きしてから綿糸で強く括ります。この作業では一尺の経糸方向に10箇所を括り防染していますが、染めた後にはこの箇所が白く染残ります。そして染め残ったこの10箇所で模様を構成することになります。

染め残った個所がどの様に模様に表れるか、一般的な亀甲絣で解説していきます。10列×10行で100粒の亀甲が構成された四角の枠を見てみます。

結城紬の亀甲絣、経糸だけに注目すると絣のパターンは一種であることがわかる。

亀甲絣は経絣糸と緯絣糸の組合せで構成されていますが、わかりやすいように経絣糸のみに着目します。黄色の鎖線で示した箇所が括って防染されたところで、白く浮き上がっています。絣の組み合わせで亀甲が作られる仕組みは後編で詳しく解説しますが、経絣糸は一種類のパターンのみであることが分かります。一度に100本くらいならまとめて括り染めることができますので、絣糸のパターンをできるだけ少なくしつつ、複雑な柄を作り上げるのが図案師の腕の見せ所です。

結城紬の括り、非常に根気のいる作業である。

糸を綿糸で縛る括りの工程は大変手間のかかる仕事で、この括りが自動化されれば大きなコストダウンにつながります。久留米絣など(大量に安価で作る必要がある)の綿織物の産地では、明治の末期にはすでに機械によって括る手法が実用化されていました。機械のおかげで絣糸作りの効率は20倍以上に向上し、日本全国に綿の絣織物が広く行き渡ることになります。現在はコンピューター制御による自動括り機が活躍しています。大きな柄であれば機械括りでも対応ができ、大量生産される安価な綿反の絣は自動機で括られています。

機にのった伊予絣

伊予かすり、久留米絣などは括りの工程が機械化されている。シンプルな繰り返し模様であるほど自動化の恩恵を受ける。

 

◎機締め

大島紬や宮古上布のような精緻な絣織物は、人の手で一つ一つ括っていたのでは手間がかかりすぎます。そこで明治の終わりごろに「締め機」と呼ばれる機で、糸を通して(織って)締める防染方法が開発されました。この機締めと呼ばれる防染方法を使うと、一度にたくさんの絣糸を作ることが可能です。

写真は締機で綿糸が織りこまれた絣筵(かすりむしろ)と呼ばれるものです。

締機の解説

大島紬の絣筵、防染の為に特殊な機を使い綿糸を織り込む。

綿糸が織りこまれている箇所が強く締まって、縛られているのが分かります。茶色の箇所は元の絹糸の状態で、締められていないので浮き上がっています。この箇所が染料に染まり、テーチ木と泥に複数回漬け込みます。そしてこの綿糸をほどくと防染された箇所がクッキリと白く残るのです。

絣むしろとほどいた状態

防染に使われた綿糸を解いた状態、白く染め残った個所で十字絣を構成、絣模様を作り出す。

絣糸だけを見ると蚊(ヒトスジシマカ)の足に似ています。よく細かな十字絣のことを蚊絣と呼びますがこの蚊の足に似た絣糸を使う所以です。

締め機を使うことで非常に正確で精緻な絣糸を大量に作ることができます。段取りに工数を要することから一度に複数反分を締めてしまいますが、失敗した場合はすべてが使い物にならなくなります。残糸で織られた商品を見かけることがありますが、締めに失敗した糸も有効活用されています。

コンプレッサーを使って織られる締め機、鹿児島産地。

また、この締機を利用した「抜染」という方法も多用されています。全てを濃い色で染めて締め機で絣として残りたい箇所を防染、そして全体をを抜染剤で脱色すると縛った部分だけが色が抜けずに絣が残るわけです。この場合、白い絹糸が一度濃い色で染まっているため完全な脱色は困難で、完全な白色には戻らず、暖色系のアイボリーや生成り色になります。抜染によって作られた絣糸は地糸とは異なる色になりますので、織りこんだ際にそれが筋となって現れます。

赤:経絣糸 黄:緯絣糸  隣接する地糸は白だが絣糸はアイボリー色である。

また、久留米絣の文人絣と呼ばれる絣は同様の織貫織機とよばれる専用の機で作られています。作られた絣糸を経緯に一定間隔で配置すると文人絣と呼ばれる格子模様が織りあがります。絣合わせをすることなく、自動織機で高速織ることができますのでリーズナブルに絣織物を楽しむことができます。

文人絣と呼ばれる久留米絣、主に男物が作られてる。

◎板締め

「括り」や「機締め」は、糸を糸や紐で縛ることで防染していましたが、板で強く圧迫することで染料が浸み込まない手法も開発されています。溝を彫った板で糸を挟み染料を通すと、溝の部分だけに染料が流れて浸透します。板締めと呼ばれるこの技法は「夾纈(きょうけち)」と呼ばれる絞り技法にルーツを持ち、正倉院にも伝わる古い技法です。

板締めに使われる板の側面を見てみます。絣模様に従い凹が連続していて上下で挟み込む形です。別パターンの複数枚の板で同時に糸を挟んで、まとめて一度に染料を通してしまいます。

板締めのギザギザした板

板締めに使われる板の側面、上下同じ個所に溝が掘ってありそこだけ染料が通るようになっている。

写真は糸の束を板で挟み込む前、溝の個所にだけ染料が通り染まる仕組み。

板(現在は金属板ですが昔は木板でした)で糸を挟み、ボルトで強く締め上げる板締めはくっきりとした絣を作ることができます。括りでは人の力の加減で絣が滲む(絣足がでる)こともありますが、板締め絣はコントラストがはっきりした絣糸に仕上がります。細かな絣を一度にたくさん作ることができる板締め絣は、一つ一つ紐を縛っていく括り絣と比べるととても量産性に優れた技法なのです。

置賜紬の証紙、本来ならば板締の箇所にチェックが入っているが無記入のモノも多い。

板締めはこれまで手で一つ一つ括っていた絣作りを大変効率的にこなせるようになりました。画期的な「板締め」は様々な産地において使われてきましたが、現在では置賜紬など一部を残すのみになってしまいました。量産性に優れた技法であることは確かなのですが、新しい柄を作るとなると板に溝を彫って型を作らないといけません。イニシャルコストがかかる板締めは大量生産しても次から次へと商品を捌ける時代はとても有効な方法でしたが、同じ柄をたくさん作っても在庫を抱えるリスクが大きい現代には向かない方法になってしまったのです。

 

以上、防染によって作られる絣の技法を紹介しました。染料をしみこませない防染ですが、その逆の発想が摺り込み/捺染です。続編では防染以外の絣つくりについて紹介していきます。

 

 

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