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問屋の仕事場から

2018.06.04
ニセモノ紬!? 伝統工芸織物の贋物のお話 

織物の保証書

人の手仕事によって作られる伝統工芸織物は大変値の張るものです。一見すると普通の布にしか見えず、素人目にはなかなか区別がつきません。世の中には数えきれない種類の織物が流通していますが、せっかく求めた商品が思っていた品質ではなかったということも多々あります。今回は伝統工芸織物の贋物について考えてみます。

 

ニセモノ紬とは?

そもそも織物の贋物、いわゆるニセモノ紬とは何か最初に整理しておく必要があります。

ニセモノ紬とはその名のとおり完全な偽物のことです。販売者がこれは本場結城紬ですと言ってそれとはまったく似つかない紬を売ったりすることや、絹100%とうたいながら実際は化学繊維で作られた紬調織物であったり、誰がどう見ても完全な詐欺、犯罪行為のことです。海外で作った商品が日本生産と記載(産地偽装)されていたり、タチが悪いケースでは機屋が証紙を偽造して貼り付けていることも過去にはありました。

また、これらがニセモノ紬といえるかどうかは消費者の判断に委ねたいと思いますが消費者の誤認を招く「まがい物紬」も広く存在します。本場結城紬などのブランド紬の人気にあやかって「何とか結城織」などというネーミングで他産地で作られているものも存在します。証紙をみれば明確に記載されており、違法行為とはいえないのですが売り手側からのしっかりした商品説明が必要でしょう。

秋田八丈は黄八丈の偽物ではなく、立派な伝統工芸品である。

さらに村山大島紬石毛結城紬秋田八丈などは「本場」こそ名前につかないものの、長い歴史をもつ織物です。

もともとは各織物の名声にあやかったコピー商品でしたが、本場とは異なる独自の進化を遂げることになりますが、名前負けしてニセ物扱いされることもある不遇な織物です。ネーミングさえ独特のものであれば、二番煎じではないブランディングができた可能性が高い織物です。

そして小千谷縮のように名称が同じでも使われる技法によって様々な価格帯のものがあります。自動織機で量産された商品は手織りの物に比べ安物扱いされる風潮もあるようです。

 

真贋を見極めるにはまず証紙、織り口を確認

着物を求める際に反物の状態から誂るのであれば、その商品がどの様なものであるかすぐに判別することができます。反物の織口にはなんらかの証紙がついており、織物名、織元の名前や商品の規格、時には詳しい商品説明が記載されています。わざわざ緯絣を作ってブランド名、制作者の屋号などが織り込まれていることもあります。

からし色の久米島紬

本場久米島紬の織り込み、このヨコ絣糸は認められた組合員でないと支給されない。

さらに伝統的工芸品であれば経産大臣のお墨付きの伝統マークが貼り付けてありますから、これ以上の安心材料はありません。仕立てる際には、それがどの様なものであるか後世に伝えるためにも(リセールのためにも)必ず織口ごと証紙類を保管しておくことをおススメします。

中古品など仕立て上がりの状態でお求めになった場合、この証紙類が欠損しているケースがあります。その場合、着物専門店であってもよほど詳しくない限りそれがどこの産地でどの様な経緯で作られたものか判別することは困難でしょう。廣田紬には販売店様からお客様からお預かりした着物が鑑定依頼で持ち込まれることが多々あります。

状態の割に不相応な価格の場合はなにか理由があると疑ってかかったほうがよいと思います。実物を直接確認せずに安易にインターネットで購入するのはリスクが伴いますので、お店にお願いして一度現物を取り寄せてみるのが理想です。

 

ブランド紬の偽造防止策

一昔前は結城紬や大島紬などのブランド紬は質屋での買い取り相場が決まっていて、すぐに高額で売りさばくことができたほどです。証紙はプリントされた単純な紙ですので複製のハードルは髙くはありません。そこで割り印を押したものや、証紙を生地ごと打抜機(パーフォレーター)で穴をあけたものもあります。

結城紬の証紙

結城紬の割り印、製造番号から織元まで遡ることができる。

大島紬の証紙

大島紬(奄美産)のパンチ穴、鹿児島産にも同様に穴があけられる。

宮古上布の証紙

宮古上布の割り印、生地にもくっきりと跡が残る。

越後上布の証紙

重要無形文化財指定技法で作られた越後上布の割り印、織り始め、終わりの両端に押印される。

これらはきちんと産地組合の検査を経ていることを意味し、偽造しようと思えばできないこともありませんが、一定の抑止力になります。高級品には何らかの偽造防止策、トレーサビリティ機能があるといってよいでしょう。

検査が終わり、パンチ印が空けられる大島紬

 

織元が偽装に関与することも・・・

よくよく考えてみると高額品にもかかわらず保証書や取扱説明書が付属していないのも不思議なものです。廣田紬では過去に商品の取説、真贋証明書(鑑定書)を発行していた時期もありました。

大島紬が全盛であった頃、コストダウンのために韓国で作る動きがありました。昭和53年の統計では21万反と奄美産の大島紬の生産量(24万反)に迫るほどの勢いでした。多くはきちんと韓国大島と記載(ヨコ絣織り込み)されたものでしたが、一部では完全な産地偽装品が出回っていました。それらは絣合わせの技術が未熟で、生地がスリップしてしまう粗悪品でした。そのほか他産地(関東地方が主)で織られた商品も流入し、それらも大島紬として販売されていきます。

そこで販売店様からの要望もあり、廣田紬で扱う大島紬は間違いのない品質であることを証明するため、本場大島紬の鑑定書を作ることになりました。

大島紬の鑑定書

本場大島紬の鑑定書、厳しい組合の検査を経た本場大島紬であることを証明するものである。

その後、市場規模の縮小、人件費の高騰から海外で生産するメリットがなくなり、素性の怪しい大島紬はいつしか姿を消しました。現在廣田紬では都度このような鑑定書の発行はしておりませんが、ご要望いただきましたら発行対応させていただきます。

 

結城紬でもレッテル偽造の事件が起こり警察沙汰になったことがあります。ある機屋が検査証を偽造して流通させていたのです。某問屋の社員が証紙の違和感をもち、検査組合で調査したところ偽造と判明しました。既にこの業者は追放されましたが、それまで扱っていたお店は衝撃を受けたことでしょう。既に販売してしまった商品の扱いをどうしたのかは知るすべもありません。

旧証紙、織元が検査証を偽造する事件も発生した。※本証紙はホンモノ

また、文化庁から重要無形文化財の扱いに対する警告を受けたことがあります。

重要無形文化財指定の技法を満たしていないのに、重要無形文化財のレッテルを貼り付けていたということで、新聞で大きく取り上げられました。そして重文指定の要件として以下に違反していたとして公取委からも改善指示を受けたのです。

①強撚糸の使用(結城縮に重文指定レッテルを貼り付けるのはNG)

②直接染織法を使用(絣を作るのに染料を直接擦り付けるのはNG)

③高機を使用(地機の3倍の早さで織る効率的な地機の使用はNG)

①②についてはまだ致し方のないと思える点がありますが、③については大きく品質に影響することから問題です。悪気があって誤認表示をしたわけではありませんが消費者にとってわかりにくいのは事実です。そして平成17年(2005年)6月から証紙が新しいものに切り替わり、重要無形文化財の文言はなくなりました。

卸商組合が張り付けていた重要無形文化財の旧証紙。

旧証紙シリーズの6枚セット。

この誤認表示ともいえるレッテルは半世紀に及び販売され続けました。重要無形文化財の技術で作られていたと思っていても、実際は高機で織られた商品をつかまされた消費者は気の毒です。重要無形文化財指定のレッテルが貼られている古い商品や、中古品には注意が必要です。高機で織られた商品は一番右端の証紙には本場結城紬検査之証という証紙が貼られていますので見分けるポイントにしてください。場合によってはタカ機の「タ」と裏に押印されていることもあります。

昔の結城紬の証紙を2枚比較

旧証紙、左が地機、右が高機で織られた商品に貼られている。

「タ」と押印された生地の裏側

「タ」と押印された裏側、証紙を外したり張替られたりしても判別ができる。

 

またメーカーが商品に保証書を張り付ける珍しいケースもあります。たとえばお召織物である本塩沢、様々な商品が作られていますが手仕事で作られる伝統的工芸品としての本塩沢と、工業的に作られる商品が同居しています。写真はこの商品は伝統的工芸品・本塩沢ですという保証書、しっかりと決められた技法で作りましたというメーカーの自信の表れと、他の商品とは違うのだという声が伝わってきます。

製造元がここまで記載する例は稀なのですが、高額品である工芸織物はこれくらいの保証書、検査成績書を添付してもらいたい気もします。ラジオ通販で売られている1万円のダイヤモンドに立派な鑑定書が付いてくるのに対し、銀座の呉服店で売られている100万円の紬に何の保証書もついてこないのは少々理不尽な気もします。

 

反物がお金とイコールであった時代は過ぎ去り・・

一昔前は結城紬や大島紬は質屋に持ち込めばすぐに換金することができました。柄なども関係なく、証紙さえついていれば現金化ができた時代があったのです。問屋から商品を集め、大規模な取り込み詐欺なども横行します。

そんな状況ですから、とにかくレッテルさえ貼られていればという考えに至り、なりふり構わないコストダウンを試みる業者もありました。一時的には利益になっても黒い噂は広まり、あの機屋は、あの問屋は、あの販売店はどうも怪しいという世評は残ります。信用を失い淘汰されたところもありますが、憎まれっ子なんとやら、現在も存在感を発揮しているところもあるようです。

責任の所在が明らかではない検査証、伝統的工芸品産地とはいったいどこ?

偽造対策が功を奏したのか、モラルが向上したのか、現在ではわざわざ新しく偽造品を作ってまで儲けようという輩はいなくなりました。着物が売れに売れ、お金と同義であった時代はニセモノ紬の出現が問題視されましたが、市場規模が縮小、着物自体が特殊なものになってしまうに従いニセモノ紬も居場所を失ってしまったのが正直なところでしょう。

現在では「ホンモノ」のニセモノ紬は淘汰されたといえますが、少し寂しい気もします。ニセモノが存在するということはある意味光栄なことでもあるわけで、そんな時代がもう一度来ることを願ったり、複雑な心境です。

※廣田紬では一般消費者様からの鑑定依頼は受け付けておりません。

※続編として結城紬にスポットを当て、まがい物について検証しています。

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