本場結城紬のふわりとした風合いは唯一無二の物ですが、その価格…
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問屋の仕事場から
- 2019.10.31
- 素人でもできる本物の結城紬の見分け方 後編
前項では証紙がない仕立て済みの着物であっても、消去法を使って結城紬の真贋を判別する方法を解説しました。本場結城紬の特徴をよく知り、更に深く組織を観察することで真贋が分かるようになります。
本場結城紬が他の紬と決定的に違うところは真綿から人の手で直接ズリ出した無撚糸(以下結城の手紬糸)を使うところにあります。
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真綿から直接引き出す、結城の手紬糸。撚りがかからない無撚糸となる。
従来の紬糸は一般的に手紡糸(てぼうし)といいますが、実際人間の手で紡がれることは稀で、動力には機械が使われています。手紡糸は糸作りの過程でどうしても一定の撚りがかかりますが、結城の手紬糸には撚りがありません。糸を唾で束ねあわせて、後から糊付けして染織に耐えうる糸にしているのです。
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繊維一本一本が束ねられた結城の手紬糸、織るときには糊で固めて毛羽立ちを抑える。
もし着物から糸を長めに一本引き抜くことができれば、強く引っ張ってみてください。手紡糸であれば張力に耐え切れずプチッと切れてしまいますが、結城の手紬糸は、繊維長が中途半端なものですので、ボソッと結合がばらけて抜けるようなイメージになります。
この結城の手紬糸が使われていれば本場結城紬と判断することができます。しかし糸の特性を見極めて判断するのは素人には難しいかもしれません。そんな時は織物の組織をルーペで拡大してみてください。
結城紬の繊維を拡大して比較
織物の組織をルーペで拡大してみると様々なことが分かります。
今回対照比較するのは本場結城紬の白生地と、手紡糸で織られたられた諸紬(結城産)の白生地、外観が同じように見える諸紬の織物、両者を見比べてみます。
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手紡糸 VS 結城の手紬糸 白生地勝負。
両者は風合いの良さが伝わる素晴らしい諸紬の白生地という点では同じです。しかし本場結城紬は高価な手紬糸を時間のかかる地機で織り進めるため両者のコスト差は3倍にも達します。両者の表面を見比べてみましょう。
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左が諸紬、右が結城紬。
パッと見て見分けがほとんどつきません。
さらに湯通しをしていないため、生地が硬質で風合いの差がほとんど感じられない状態です。左が手紡糸の諸紬、右が本場結城紬ですが、経緯ともに節のある紬糸で構成されていてよほどのプロでないと識別は難しいでしょう。
これをルーペ(10倍)で細かく確認してみます。
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手紡糸の諸紬の組織
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本場結城紬の白生地の組織
両者の違いで決定的なところは織の密度です。経糸については本場結城紬の白生地は特殊な条件(18ヨミ)で織られているので整経時の密度がそもそも異なります。注目してもらいたいのは緯糸の密度です。
本場結城紬は他の紬と違い、経糸より緯糸のほうが細く、強く打ち込まれている織物です。無地でも生地が縞立って見えるのはそのためで、検査項目にも「打ち込み密度」がしっかりと決められています。
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巨大な樫の杼で打ち込む、ドン、ドンと独特の音が響く。
ちなみに緯糸を太くすると、反物(12.5m)にするにあたり打ち込む総回数を大きく減らすことができます。他の紬はそういった省力化が当たり前のように行われていますが、本場結城紬においてはそのようなことは行わず、愚直ともいえる手間をかけて織られています。
結城紬の無地が縞立って見えるのはこのためで、縞柄でなくとも経糸が目立ちうっすらとした縞に見えるのです。
そして、撚糸と無撚糸との差を見てみます。先の画像では上から光が当たっているためわかりにくいので、下から光を透過させて撮影してみます。するとレントゲンのように糸を構成する繊維が現れます。
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手紡糸の諸紬の組織、透過画像
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本場結城紬の白生地の組織、透過画像
手紡糸の諸紬は経糸、緯糸ともに右撚り(S撚り)になっています。本場結城紬はほとんど撚りがなく、糸を束ねた状態の無撚糸です。手紡糸は甘撚りの紬糸のため少々わかりにくいのですが、両者を見比べるとやはり違いがでるのです。今回は新品を観察対象にしましたが、仕立て済で使いこまれた着物についてはできるだけスレの少ないところを観察してください。
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使いこまれた結城紬の表面、擦れて表面が荒れ毛羽立ちが目立つ。
注意すべきは結城縮(縮結城)と呼ばれる緯糸に撚りのかかった糸を使用したものです。拡大してみると強く撚りのかかった糸が見て取れます。古い結城紬であればあるほどこの結城縮の比率が増えていきます。撚りのかかっているため生地に耐久性があり、緯糸は擦り切れにくくなっています。こちらも間違いなく本場結城紬の一種ですので、撚糸が入っているからといってNG判定してしまうことは早計です。
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結城縮の拡大、緯絣糸には撚りがかかっていないことが分かる。
なお、使用している拡大写真は特殊な顕微鏡写真などではなく、10倍のルーペにデジカメを押し付けて撮影、編集しただけのものです。組織を拡大できるルーペさえ持っていれば、近年カメラの性能が著しく向上するスマホでマクロ撮影することもできます。低感度でノイズのない画像をブレないように撮影、画像を拡大することで生地組織が浮かび上がってきます。
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カメラ(お年玉付き年賀状の景品)と10倍のルーペ、大がかりな装置がなくとも組織の撮影は可能。
糸の撚り具合を確認する透過画像を得るときも、ケータイの液晶のバックライトを生地の下に置いて撮影するだけ、特別な実体顕微鏡や高価なカメラがなくても撮影は可能なのです。
リサイクル着物などの二次流通業者様であれば、生地の拡大画像を掲載することで信用度を高めることができますし、買い手も安心材料となるでしょう。重要文化財と書かれた桐箱を用意したり、諸々の売り文句を並べるより手軽なのではないでしょうか。ネットオークションやフリマなどでも組織の画像を掲載するだけで買取価格UPにつながるはずです。
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簡易な縞見ルーペ、覗くと別世界が広がっています。
縞見ルーペ、織物ルーペは顕微鏡と違って室内灯や自然光を利用して誰でも簡単に組織をズームアップしてみることができます。より高い倍率が欲しければ本格的なスケール付きルーペもあります。20倍の高倍率で繊維の一本一本まで解像します。様々な種類が販売されていますので、用途に合わせて用意しておくと良いでしょう。
それでも疑義が残る時は専門家に依頼
前項の①~③を確認を確認するだけで99%の織物がニセモノ(本場結城紬ではないという意)と判断できますし、ルーペで糸を観察すること糸質を見分けることができました。
しかしそれでも何かおかしい、手紬糸に手紡糸を交織して本場結城紬としたり、海外産の品質が疑わしい糸が使われている、、、、どうもいつも着なれている本場結城紬の風合いではないのでは・・・と疑われる場合、最終手段として産地に送って鑑定してもらいます。キャリア数十年の熟達の作り手が見れば、柄を見ただけで作られたおおよその時代まで見分けることができるのです。
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素性の怪しい商品が氾濫していた頃に発行していた真贋証明書。
そしてそのよううな状態の着物は湯通しが不十分だったりするケースが多いので、産地に送るついでに洗い張りしてもらうのがベストです。本来の風合い以上になって帰ってきた結城紬の着心地の良さに驚かれることでしょう。
※廣田紬では一般消費者様からの着物の鑑定業務は行っておりません。実際に購入されたお店や懇意のお店に依頼されますようお願いします。
本場結城紬のレッテルにこだわらなくても
産地と直接関係のない作家が、結城の手紬糸を使って織るケースもありますし、手紬糸を使わなくても出来の悪い本場結城紬以上の風合いを出すことも不可能ではありません。それらは結城紬以上に手間がかかっていたり、こだわりの技法が使われているということです。結城紬でないからといって価値がないと決めつけるのは早計ですし、愛すべき手仕事の布は他にもたくさんあります。
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紬のお手本のような風合いの伊那紬、この商品は経糸にも紬糸が使われている。
紬フリーク、目が肥えた人であればわかるのですが、実際に生地に触れてみて五感に響く商品であれば結城のレッテルなど関係ありません。
レッテルにこだわるのは遺品の整理等のリセールの際にわかりやすい基準が必要だからです。いったん仕立ててしまった着物を業者に買い取りに出すとしても買い叩かれて雀の涙にしかなりません。せっかくの手仕事の布ですし着物は解けば生地として何とでも使い道があります。一呼吸おいて故人の思い出が詰まった布を愛でてみてください。