本場久米島紬の別注品が織りあがりました。クズシ織の最高の風合…
- ブログ -
問屋の仕事場から
- 2018.07.31
- 絣を読み解く 番外編
あらかじめ染め分けた糸を利用して織りなす絣柄、大変な手間がかかった芸術品ともいえる存在です。気の遠くなるような作業で作られる絣がある一方、後染めで絣に見せようとする工夫や自動織機による省力化が行われてきました。番外編ではそんな絣調織物ともいえる品々を紹介します。
プリント絣
絣の定番である蚊絣、細かな経緯の絣糸を交差させていく手間のかかった柄です。いっそ型を作り生地の上からプリントしてしまおうという発想が出てくるのは時間はかからなかったでしょう。写真の生地はそんなプリント絣が入っています。
うまく繊維の方向にそってプリントされていますが、よく見ると滲みがでているのがわかります。そして生地の裏側にはプリントが浸透していません。長く使っていると繊維の表面が擦れて絣が消えてしまうでしょう。
しかし遠目でパッとみただけではプリント絣であることは分からりません。他にプリントに適した柄が無数にあるにも関わらず、あえて絣柄がデザインされているのはホンモノを知っている身からすると少しうれしい気分です。
マンガン染
先ほどのプリント絣は生地の上から捺染するので繊維の方向にそった絣付ができませんでした。マンガン染の技術を使うと絣と見間違うほどの生地を作ることができます。
経糸、緯糸にそって染料が付着しているのがわかりますでしょうか。酸化力を付与した糸とそうでない糸を交織して、アニリン糊の型を捺染します。そうすると模様部分にのみアニリンブラックが生成されます。それを亜硫酸ソーダに浸けこむと、模様が浮き出てくるという仕組みです。写真の生地は裏表の具合が違いますが、裏表しっかりと絣が表れている商品もあります。
絣と見間違うほどの精巧なこの技法は高校生レベルの化学の原理ですが、実際に工業的にやろうとするとそれなりの設備が必要で、多大な労力を要してしまいます。大正期に実用化されたこの方法は各地に広がりましたが、個人レベルの工房での制作は難しいのが実情で、廃液処理の問題等もあり現在では一軒が残るのみです。
後書き絣
紬で無地の生地を織り上げ、後から筆などで絣調の模様を描くことも可能です。
プリントよりは手間がかかっているといえますが、それぞれの絣を作ることを考えるとかなりの省力化になっています。ロットの縛りがなく一点ものからでき、多色化が容易なこともポイントです。遠目にみると手の込んだ先染め紬かと見間違うほどで、描かれた直線が繊維に沿っていない箇所が散見されやっつけ感があるのも「手仕事」の証です。
塗りつぶし
冒頭の大島紬の銀閣寺の柄、実はすべて先染めの絣で色付けされているわけではありません。輪郭部分になんとなく違和感を覚えませんでしょうか。左上の紅葉の部分を拡大してみます。
組織自体はすべて9マルキ(カタス)で織られた相当な高級品です。しかし紅葉の輪郭部分は黒色染料で塗りつぶされ、先染めの絣でないことがわかります。注目すべきは裏表ともに染め抜かれており、友禅染のような手法でないことがわかります。この技法が出現した当時は手法自体が企業秘密でしたが、現在では難しいものではなくなっており、どんどんと洗練されてきています。
こちらは森林を表した柄ですが、一部を染め潰すことで柄に深みを与えることに成功しています。絣に見せようとして後染め加工するのではなく、新たな付加価値につながっていることがわかります。
網代織(クズシ織)
網代模様と呼ばれるデザインで、別項で詳しく解説しています。裏表同じ柄で、途中で糸の色が変わって見えることから糸を染め分ける絣に見えます。
単純で古典的な織り方ですが、知らない人が見ると精巧な絣に見えてしまいます。しかし一切絣糸は使われておらず、2種類の異なる色の経糸、緯糸の配列を組み合わせて作られています。複雑に見えますが、製造コストとしては通常の格子柄とほとんど変わりません。
絣調の浮き織
こちらの雪輪重ねの生地、遠目にみると十字絣の多色で構成されたものに見えます。
もしそうであれば相当手間のかかったものですが、よく見てみると絣の部分の糸だけが生地から浮いています。
刺し子のようなその浮き糸は生地の裏を見てみると一目瞭然です。裏面は渡り糸が経緯に走っていて裏表の柄が異なります。この生地は絣ではなく織で柄が表現されたものだったのです。これはこれでインパクトのあるものですが、浮き糸で柄作りをしていことからその個所は擦り切れやすいことが予想されます。
綾織で絣柄調を織る
先ほどの色糸が浮いた商品は裏を見れば糸がわたっているためすぐにわかりますが、こちらは裏に糸が走っていません。
詳しい解説は別項にてしていますが、綾織を工夫することで十字絣に見せた商品です。一部に板締め絣糸の残糸を絡ませることで、絣織物と称されています。プロでも見間違う見事なアイデア商品ですので、一般の消費者はまず見分けることは不可能でしょう。
別糸差し込み
絣糸を作ることなく、別の糸を織り込むことで絣のように見せることができます。
こちらがその例、生地の表側(右)と裏側(左)を同時に撮影したものです。製織途中で緯糸に別糸を織り込み、末端をカットすることで緯絣のような柄を作り出しています。裏面にカット後が僅かに残っていますが、ほとんどわかりません。
また、端から緯糸を差し込み、途中で引き返して端でカット、スクイと呼ばれる技法で絣のように見せることも可能です。
型押しによるエンボス加工
模様を彫った金属板を生地に押し付けることで、布の表面には圧力が加わります。加熱処理することで組織が変化し、凸凹を維持することが可能になります。エンボス加工と呼ばれている加工方法で、身近なところでは企業ロゴなどの名刺への加工、爬虫類の鱗模様などが加工された人工皮革などが知られます。
布に対してもエンボス加工は可能で、織で地模様を演出するより低コストかつ小ロット生産が可能になります。
亀甲絣に見間違う加工がされた生地がこちら。
表面のシボによる明暗差で模様が浮き出て見えるため、どうしてもボヤっとした地模様しか実現はできません。しかし表面にシボが形成されることでシャリ感が生まれますし、独自の立体感が演出されています。機械加工に味があるかどうか別にして、従来の絣ではなし得ない機能性を持ち合わせているといってよいでしょう。
精巧な後染め絣
精緻な亀甲の絣、本来であれば括り絣で膨大な時間をかけて作られるものです。それらは手仕事の味が伝わる味わい深いものですが、次に紹介する商品はなにかしら違和感が残ります。
絣模様がきれいすぎる上に、反物の耳が直線でキレイにそろっています。織り口と織り終わりを見てみると両方とも絣糸がスパッと切れていて、通常の作り方をした形跡がありません。緯絣糸を通す必要のない個所は経絣のみが走っているのですが、この商品は経糸にそれが見受けられないのです。
よく観察すると型の位置決めの精度が悪かったせいか、経絣に見える跡が右と左でズレが生じています。驚くべきことにこの商品は裏表が全く同じでしっかりと染め抜かれています。末端や耳をみない限り見慣れた人でも見分けはつかないでしょう。巧妙なのは強撚糸を使ったお召し生地になっていて、絣模様がそれなりに崩れて見えるところです。この類の商品をみていると、わざわざ細かな絣を作り、時間をかけて手機で織り、丁寧に絣合わせをするのが理不尽な気もしてきます。
それでもやはり人の手が介在すればするほどその織物は魅力を放ちます。反物を手にしたときに随所から伝わる手作り感がよい味となって五感を刺激するのです。
現代の技術を駆使すれば後染め織物も先染め織物に似せることはできますが、人の五感をくすぐるのはやはり人の手仕事によるものなのです。
絣が行きつくところは・・・
最初に絣が生み出されたのは、ちょっとしたほんの遊び心からだったかもしれません。のちに十字絣や亀甲で繊細な柄を描くようになるとは思いもしなかったでしょう。
織物の長い歴史からすると経緯絣の細かな柄は明治期に入ってからのものです。そして着物が売れに売れた高度経済成長期、それまで大変な手間がかかっていた絣糸づくりも、技術の進化で細かな柄が大量に作れるようになりました。様々な柄が生み出され昭和の後期には絣文化の黄金期ともいえる時代を迎えます。大島紬では12マルキが開発され、結城紬でも競うように複雑な総詰柄の新作が作られました。時代を反映してか絣が細かければ偉い(付加価値がある)という消費者のニーズもあったのでしょう。
着物需要が落ち着き、低空飛行を続ける現在では大量の絣糸を作り、細かな絵絣を作るのは採算がとれなくなってきました。消費者の趣向も変わり、紬本来の素朴な柄行や風合いを重視するような傾向もあります。精緻さを極めた絣ですが、精緻であることが消費者ニーズをつかんでいるとは思えません。
絣という字はもともと中国から伝わったものではなく、字自体は明治の中期以降の文献で初めて出現します。代表的な絣模様の「井」という字と糸へんを掛け合わせて、「かすれた」模様から「絣:かすり」となった説が有力です。絣は飛白(ひはく)とも呼ばれ、柄が白くかすれて飛んでいることからきています。
精密にコントロールされた自動織機やプリント染による技術はそれはそれで価値のあるものですが、人の手仕事による模様のズレが味となって伝わるのが絣本来の醍醐味といえるでしょう。
以上、番外編を含め5編にわたり絣について記しました。
今後も技術の発展にともない様々な絣づくりの手法が出てくるかもしれません。また面白い技法がありましたら項を改めて紹介させていただきます。