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問屋の仕事場から

2019.03.31
マンガン染の小千谷ちぢみ

夏の麻織物の代表格の小千谷ちぢみ、中でも経緯の絣糸を合わせて柄を出すタイプの商品は手間のかかったものです。しかし「マンガン染」 と呼ばれる特殊技法を使うことで低コスト化を実現した商品があります。

冒頭写真の蚊絣の商品、着尺の幅一尺五分に50個以上もの十字絣が並んでいます。経緯それぞれの絣糸を作り、織る際に経絣糸と緯絣糸を目視で確認して十字になるように一つ一つ合わせながら織っていかないといけません。この「絣作り」「絣合わせ」という作業が生じることで大きなコストを要し、手作業によるものですと生産量も限られます。

しかしこの商品は「マンガン染」という従来とは違う特殊な捺染(プリント)技法で作られたものなのです。

表面の拡大、経緯の絣が等間隔で交差している。

現代では生地に柄をつけるとなると様々な染色方法があり、低コストで大量かつ高品質の柄物の生地を作ることができます。しかし100年前の大正時代においては絣で模様を作ることが主流、様々なおしゃれな絣柄が生み出されます。

増え続ける需要に対してさらなる効率化、低コスト化が求められました。そこで現れたのが絣糸を使わずに絣模様を表現する「マンガン絣」、このエポックメイキングな方法により絣織物の大量生産が可能になりました。

商品を詳しく見てみます。近年進化が著しいインクジェットプリントの類かと思いきや、しっかりと裏表同じ模様になっています。そして生地を拡大してみるとしっかりと糸の状態で染分けられた絣糸であることが確認できます。

組織を拡大してみても、経緯の糸がしっかりと染め分けられていて、上から型を置いて染めただけのプリント柄ではないことがわかります。従来の手法で作られた絣と見分けがつかない精巧なマンガン絣、いったいどのような手法で作られているのでしょうか。

 

化学反応で浮き上がるマンガン染

マンガン染はその名の通り「Mn:マンガン」を使います。マンガンの塩化物を含ませた溶液に糸を浸け、水酸化ナトリウム水溶液で処理することで不溶性の水酸化マンガンが糸(実際には綛の状態で染める)に付着します。それを空気にさらすと、濃褐色の酸化物(MnO2:酸化マンガン)が固着した「マンガン糸」となります。

酸化力が付与されたマンガン糸に、染め分けたい箇所だけに黒色染料の素(C6H5NH3Cl:塩化アニリン糊)を加えると酸化マンガンと酸化縮合を繰り返し、黒い色素(アニリンブラック)が定着します。

そして糸は先染めするのではなく、織り上げた生地(マンガン生地)に模様が彫り込まれた金属製のロール型を使って模様を転写するのです。

金属のロール金型を使い、アニリン糊(金型の下のドロドロした部分)を生地に擦り込む。

そして模様が転写された生地に、中和剤(亜硫酸ソーダ溶液)で処理するとアニリンブラック定着した箇所以外が還元洗浄(脱色)されて白くなります。不純物をきれいに洗い流し乾燥、浮き上がってきた絣模様がマンガン絣なのです。

唐草柄、黒い絣がアニリンブラックが生成された箇所、白い箇所は漂白、洗浄された箇所。

ここでミソなのが反応性を持ったマンガン糸と持たない普通の糸を交織した生地を使うということです。化学反応が起きる糸とそうでない糸が織り交ざっていることで、より「絣らしさ」の演出が可能です。

わかりやすくするために組織を拡大して解説します。

赤い矢印の箇所が酸化マンガンが付着したマンガン糸だったところ、そのほかは未加工の麻糸です。黄色で囲った箇所は型の形状、この範囲にのみ塩化アニリン糊が塗布されることになります。塩化アニリン糊が反応して黒色染料(アニリンブラック)は生成される箇所はマンガン糸だけです。洗浄、整理すればきっちりと染め分けされた絣がきれいに浮き上がってくるのです。

彫型の柄のピッチがマンガン糸の織目より細かいと絣糸感が出ますし、小千谷ちぢみのように目が粗い生地はマンガン染に最適なのです。さらに表面が皺加工されていますので、絣がきれいに出すぎずに手仕事感を演出するのにも役立っています。

伝統工芸手織りと記載、足踏み織機ではありません・・・  優良誤認を招く表記が残念。

マンガン染が開発された大正時代は括りによって絣が作られていました。糸を括って防染して染める括り絣は濃い地色の絣柄になります。刷り込みの技術が発達していなかったためで、人々は色の濃い藍染の木綿絣を着ていました。そうなると白地の絣柄というのは大変斬新なもので、越後(新潟県見附市が発祥地)の白絣として大流行することになります。

精緻な白かすりの出現は画期的な出来事だった。

従来技法でこのような模様を作るとなると糸を一つ一つ括って防染して絣糸を作り、それを経緯の絣糸を慎重に合わせて織り上げなければいけませんでした。しかしロール捺染であるマンガン染はドラムで生地を流すだけで大量に絣模様を作ることが可能です。その原理自体は単純なものでしたので、近江や浜松といった他産地でも盛んに作られるようになりマンガン絣は一世を風靡します。

昭和中期のマンガン白絣、組織の密度が高く糊まわりが不完全なためか裏まで柄が浸透しきらない。

時は流れ、様々な染織方法の発達とともにわざわざ絣で柄を表現すること自体が特殊品となってしまいました。絣織物の存在意義が薄れる中、絣は手仕事の味を求める伝統工芸品を主としてなんとか生き残っています。これらは人の手仕事で作られるため大掛かりな設備、人手を必要とせず、個人工房での製造が可能です。

染のエラー、錆色が浮き上がっている。 小千谷ちぢみではない絹の亀甲絣の製品。

大がかりな機械設備と化学反応を使うマンガン染は不具合が染め上ってからでしかわかりません。型の破損や異物、位置ズレ、染のエラーなどは最終工程である整理乾燥が終わってから初めて検出することができます。

大掛かりな設備を必要としない十日町絣の擦り込み式の絣。

また、マンガン染は化学処理を行うため、廃液処理といった環境に対する影響や作業者の健康被害(過去には毒性の強い重クロム酸カリウムを使用)といった問題も生じます。昭和の中頃までは盛んに作られたマンガン絣でしたが、諸所の問題から現在では新潟の一軒のみとなってしまいました。

白絣の雪輪模様、化学反応で作られた絣糸がクッキリ染め分けられている。

 

カニの絣模様、従来の括りで作るとなると大変な手間を要する。

機械捺染の織物は低コストで製造できますが、和装分野の需要だけでは人や設備が遊んでしまいます。実はマンガン染はシャツやブラウスといった洋装向け主体で、小千谷ちぢみへの加工はごく一部の合間で作業しているにすぎません。絣(本当の絣ではありませんが・・)の魅力が洋装分野で盛り上がりをみせているのは興味深いことです。

プロでも絣と見間違うほどのマンガン絣、複雑な絣柄の小千谷縮は価格的に手が出ない方でもリーズナブルにお求めいただけるはずです。一度その精巧さをお確かめください。

※4月の月初の展示会でもご覧になれます