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問屋の仕事場から

2019.11.27
良い大島紬の見分け方 マニアック編

前編では生地として見た場合の良い大島紬の基本的条件を紹介しました。後編では絣のキレイさに焦点をあてていきます。

世の中に流通している大島紬は「一応」は産地組合の検査がされ、各検査基準の元に「総合的に」品質が認められた商品です。しかし厳格な検査基準の元に少しでも数字が外れていると直ちに不合格品となる工業製品と違い、人の目による目視検査が中心であり、人情が介在する余地を残しています。

検査合格の印が押された大島紬の証紙、奄美のタイプ。

検査基準には24項目(奄美産地の場合)に及びますが、当然その中には絣が揃っているか否かも判定されます。しかし絣がキレイに合っているかどうかの判断は大雑把なもので、「絣不揃い」が原因でNG判定されることはほぼ皆無といってよいでしょう。

しかし大島紬の生地がどんなに素晴らしい質感であったとしても、絣がきれいに合っていないものは見栄よくうつりません。

染め分けられた絣糸、白い箇所を縦横キレイに組み合わせて絣を作る。

経糸と緯糸の絣糸を一つ一つ正確に手作業で合わせて模様を作り出す大島紬、Tの字(カタス)と風車の形(一元)があります。絣が高密度に集まり、点描画ともいえる柄は気の遠くなるような織り子さんの根気のたまものです。キレイかキレイでないか粗さがしするのは大変気が引けるのですが確認していきます。

何をもって絣がキレイかを定義づけするのは難しいのですが、隣り合う絣の大きさが不揃いであったり、ピッチがバラバラだと、どうしてもきたなくみえてしまいます。

写真はカタスの9マルキの雪輪の大島、雪輪模様の中にTの字がびしっと並んでいます。よく見ると少しづつですが形が異なります。T、Г、т といった厳密には一つとして同じものはありません。全て同じ大きさでそろえるのは到底無理な話で、この個体は非常にきれいな部類に属します。

難しいのは全面に絣が配置された柄、どうしても緯糸方向にムラになって見えてしまいます。

こちらはカタスの9マルキで構成された「笹」、全て十字絣で構成された生地に笹の葉と枝が浮かびます。

最後まで織り上げるのには恐ろしいほどの根気を要するものですが、少しでも「柄」があることでムラは多少ごまかしがききます。

しかし柄のない全面ベタ柄となるとどうしてもムラが目立ってしまいます。これはもう味として受け入れるしかなく、目くじらを立ててはいけません。

ベタ絣の9マルキ(カタス)。キレイにつくられているのは織り子さんの技量の高さの証。

絣ズレが目立つのは経糸2本、緯糸2本を組み合わせなければいけない一元絣です。

風車の形をした一元の絣。

写真は一元絣の7マルキですが、赤い円で囲った中央の絣はばっちりと風車の形になっています。しかし右の部分は矢印の部分の経糸が白くなって少しずれて崩れています。絣の調整が甘かったのか、絣糸を作る時点でずれたのか定かではありませんが、両者を比較すると違いが見て取れます。カタスのTに比べてシビアな一元絣、高価になるのが理解できます。

一つ絣が崩れだすと全体にズレが伝播します。

絣ズレが多い生地、目がぐるぐるしてしまう。

地糸の量が多いほど絣ずれが目立ってしまうのも恐ろしいところで、9マルキより7マルキ、7マルキより5マルキの生地のほうが絣ズレのアラが目立ちます。

手間がかかる割には支持(理解)されない一元絣、残念なことですが衰退の一途をたどっています。

絣作り、製織技術の両方がうまくいかないとキレイな絣は作れない。

 

調整された箇所と未調整の箇所がわかる製織中の写真、未整理の場所は絣がボヤけて間延びしている。

 

絣合わせで生地表面が荒れてしまう大島紬

大島紬は同じ柄が複数反ロットで作られます。例えば16反分をまとめて、絣糸作りをしてしまえば、原則そのロットの糸は同じものになります。しかしその16反を織り上げるのは同じ人ではありません。方々の織り子さんに糸が支給され、その品質は織り子さんの熟練度に大きく依存することになるのです。

製織工程でどのようなエラーが生じるか見ていきましょう。

同じ柄の反物、消費者の立場では同柄の反物を販売店で見定めすることは困難。

こちらは白大島はカタスの7マルキ、製織者が異なる同じ柄のものです。遠目に見るとまったく同じものに見えますが、絣の一つ一つに注目してみるとその違いが見て取れます。作業者のクセというものでしょうか、カタスの十字絣はTの字が表れますが、左の商品は若干にじんで見えます。「絣合わせがキレイ」ということのイメージは先述しましたが、絣合わせに伴う表面の荒れについて解説していきます。

こちらは表面の写真、

矢印の箇所が盛り上がって表面に変化がでていることが分かります。大島紬は平滑な絹糸で織られますのでこれらは紬糸の節ではありません。表面を撫でてみるとこれらの箇所が悪さをしてザラザラっとしてしまいます。大島紬の特徴は紬織物ならぬ絹糸特有のシルキータッチですが、ザラッと感が残れば大変残念なことです。

どのようにしてこれらの節が表れるのでしょうか。

実はこれらは織り子さんが絣合わせのために糸を引っ張った痕跡なのです。

針を使って経糸を引っ張る。柄が精緻であればあるほどその回数は増える。

絣を合わせるためには、経糸をぐいぐい引っ張る必要があります。すでに組織として織り込まれている箇所を引っ張るので無理なテンションがかかり糸が突っ張ってしまいます。さらに白大島の場合は異なるテンションの絹糸が光を反射して余計に目立ってしまうことがあります。

飛び出してループしている糸、本来であればカットしなければいけない。

さらに織り子さんがヘラ(金属)などで生地を強く擦ったりしているケースでは生地がそれ相応にダメージを受けます。どうしても絣合わせは必要ですが無理なく美しく織り上げるのが織り子さんの腕の見せ所、表面が荒れている大島を撫でてみるとザラザラっとした感覚が伝わってくるものです。

手仕事の織物である以上仕方なく、目くじらを立てるのは無粋かもしれませんが、その品質に少なからぬバラツキがあるのは確かなのです。

その他にも絹糸の品質、整理工程などで生地の質感は変わってきます。

大島紬に使われる節のない平滑な絹糸、その品質もピンキリである。

分業制の大島紬はたくさんの職人が携わるリレーによるものです。織り子さんの技量によって左右される大島紬の品質ですが、その前の工程に影響されてどうにもならない物もあります。一人でも気を抜けばその後の工程すべてに影響を与えますし、全てが高い意気込みをもって取り組まなければ良い品物は生まれません。生産数(売上)が減る中で高いモチベーションを維持するのは大変なことです。

沢山の職人を統括するのが織元、指揮者として重要な役割を果たしています。良い大島紬を見分けるポイントとして、製造元がどこの織元かが一つの基準になりえます。

鹿児島産地の本場大島紬であることの証紙、恵大島紬織物(株)と織元の記載がある。

織元は機屋(はたや)ともいわれる元締め的存在で、結城紬における産地問屋(縞屋)的ポジションです。検査証紙には織元(製造者)の名前がスタンプされていて、製造元がどこなのか一目でわかるようになっています。織元はデザインをはじめ、使用する糸の選別、各工程の進捗管理など、もの作りを統括します。同時に品質管理の責任も負いますので、品質にプライドのある織元はオーバースペックともいえるしっかりとした物作りをしてきます。

高品質な大島紬を作ることで評判の織元もありましたが、現在では市場規模が激減した結果、全体のレベルが均されたといってもよいかもしれません。あえて織元にこだわる販売店もいつしか限られたごく一部の専門店だけになってしまいました。

良い大島紬の見本のような一元7マルキの泥大島。

以上、マニアック編と題して絣合わせのキレイさについて解説してきました。他にも品質の良し悪しを見比べるポイントはあるのですが、他の織物にも共通することがありますので、いつか別項にて「よい紬とはどのようなものか」と題して解説したいと思います。

生産規模が大きかった大島紬だからこそ、そのような比較ができるのであって、10年もたてば絣がキレイだ不揃いだなどと贅沢を言ってられない現実がやってきます。生産量、技術レベルのピークを過ぎ、円熟期が終わろうとしている現状を踏まえれば、重箱の隅をつつくような本テーマは野暮なのかもしれません。

シンプル柄だが、泥染のすばらしい風合いは同じ。市場規模が小さくなると精緻な柄は成り立たない。

黄金期には胸の躍るような様々な新技法が開発され、小さな技術の進歩にも皆が耳目を傾けた時代がありました。こぞって新柄の考案、品質の改善に躍起になり、特許や実用新案がどんどん出ていたのです。生産数がさらに萎むことが予見される大島紬ですが、10年後には品質云々は一部マニアか業界関係者だけのノスタルジーになりかねません。

しかし買う人の立場になってもの作りを行う姿勢がある限り、良い大島紬は作られ続けます。これからの神輿を担ぐのはコアな織物好きになってきます。マニアック編と題した本稿、少しでも大島紬の品質維持、向上につながれば幸いです。

 

 

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