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問屋の仕事場から

2017.06.29
本場大島紬の今後についての考察

たくさんの大島紬

紬の代表格である大島紬。
世界で最も精緻といわれる絣、その豊なバリエーションで人々を魅了しつづけています。
紬という名称ですが生糸を使うことが主流になり、さらっとした手触りも大きな特徴です。この点でも他の織物とは一線を画しているといっていいでしょう。

平成に入り着物離れが進んだ昨今、各産地では大きく生産量を減らしています。大島紬も例外ではなく、激減という言葉が適切かもしれません。
奄美大島で生産される大島紬については、本場奄美大島紬協同組合がその生産反数をHP上で毎年更新、公表しています。このような長期にわたる統計は貴重で、生産量推移を見ながら大島紬の今後について考察してみます。
https://sites.google.com/site/honbaamamioshimatsumugi/home/tsumugi/seisantansuu

まず、伝統的工芸品に指定されている本場大島紬は奄美大島、鹿児島市周辺、宮崎県都城市の3か所の産地で生産されたものです。反物には各産地に応じた地球印(奄美)、旗印(鹿児島)、鶴印(都城)の証紙が張り付けてありますが、生産数からすると鹿児島産地が圧倒的に多く、奄美がその3分の1程度、都城はごくわずかとなっています。鹿児島産地では力織機での白生地、縞大島の生産比率が拡大している一方、奄美産地では昔ながらの泥染め、手織りの大島紬を作り続けています。このような奄美産地の生産数の変遷を見ていくことで他の伝統工芸織物の未来も見えてくるのではないでしょうか。
以下、統計を取り始めてからの生産反数をグラフ化してみました。

生産反数の推移グラフ

組合結成時の1902年は5000反あまりだったのが、1927年に356,094反を数え、これが最高記録です。1945年の終戦時にはついにゼロになってしまいますが、アメリカ軍政下で徐々に生産高は伸びます。ブームに乗った大島紬は1972年(昭和47年)の297,628反とピークを迎えます。呉服業界自体もこの年がピークで染物に使う白生地に至っては1000万反とも言われる生産が行われていました。

1986年までは20万反を超える生産高を記録しますが、平成に入ってからは平均12%の生産減が続き、2016年は4732反とついに5千反を割ってしまいます。

推移グラフ

2000年以降の推移、前年度比の平均は88%

これは組合結成時の統計を取り始めた明治38年の数字よりも少ない数字です。戦後の最盛期と比較してみると1.6%もの規模に縮小しています。ちなみに現在の和装の市場規模は最盛期の10分の一といいますから、それを上回る大変なスピードで生産量が減っているのです。全盛期当時は実りの良い現金収入ということで島民の大多数が大島紬に関わっていたといいますから、島の経済に与える影響も大変大きなものです。

過去の推移の実績から生産数予測をしてみました。

このまま仮に毎年一定の割合(12%)で漸減していくとなると、そう遠くない未来である20年後の2037年には300反程度になることが予想されます。落ち込み率が緩やかになると希望的観測(6%減)をしてみても1300反を割ってしまうでしょう。

 

生産予測

現在の生産数である4732反という数字をどう見るかですが、同じく高級織物で知られる本場結城紬が1200反、黄八丈が300反、宮古上布や越後上布に至っては20反程度です。これらと比較してみると桁違いに大規模であることがわかります。

多くの伝統工芸織物は後継者不足から存続が危ぶまれていますが、大島紬は生産数だけをみると比較的問題はなさそうです。この様子ですと今を生きる人が存命の間くらいは生産されるでしょう。
通常の生産財は需要が供給に追い付かなくなった時点で落ち込みが止まり、均衡に向かい安定した数量に落ち着きます。宮古上布や越後上布がその例ですが、ここまで落ち込むともはや産業といえるものではありません。存続はするものの大島紬も将来的にこのような存在になってしまうのでしょうか。

 

次に大島紬の生産に携わる人口比をみてみましょう。少し古いデータなのですが奄美新聞が後継者問題について報じています。今回は事務作業従事者を除いて改めて一覧にしてみました。

http://amamishimbun.co.jp/index.php?QBlog-20140504-2

従事者の人数内訳

60歳以上のいわゆる高齢者が86%を占めています。これがどういうことかというと、生産数が一定の率で漸減せずに関わる人口比に応じ、雪崩をうって生産数が落ち込む可能性が高いということです。特に大島紬は完全な分業制をとっており、一つの工程がボトルネックとなってしまうと次工程にすぐに影響が出てしまいます。誰かキーマンが離職してしまうと、一気にその技術が使えなくなりパタッと途絶えてしまうのです。完全分業化は産地をあげて生産効率を上げる大変有効なやり方でしたが今後は多能工化が必須であることを示しています。

魅力あふれる大島紬ですが、後継者不足から相当くない未来に生産量が急減することが予想されます。通常の工業製品は需要があればすぐに供給を増やすことができますが、この手の商品は自動化ができませんので簡単に生産数は増えません。何年もかかって一人前の技術を身に着け、たくさんの人が連携して初めて製品が作られるのです。需要があっても供給できないその日は急にやって来るのです。

そして大島紬の最大の魅力であり、特徴は精緻でバリエーション豊かな絣柄でした。無地や単純な縞格子では魅力あふれる大島紬とはいえません。全盛期は一つの図案に対して、16反、32反と作りさらに配色をかえて3ケタの生産数を作ることでコストダウンを図りました。現在ではそのように同柄の在庫を大量に持つことはできず、絣糸づくりは8反分を最低ロットにしています。生産数が落ち込むとこれが4反、2反となりますますコストアップにつながります。

2種類の異なる色の大島紬

量産効果の例、同じ絣糸でも地糸を替えることで別配色となる

これだけ手間がかかった精緻な絣織物が手の届く価格(それでも高価ですが)にある理由は分業による生産効率化、そして一定の生産量があるからなのです。宮古上布のような生産反数になってしまえば、現在の数倍の価格になってしまうでしょう。その時には大規模な産業として存在した大島紬は限られた工房で作られる作家物に近いものになるはずです。
そして現在のような精緻な絣は作れず、単純化に向かう可能性が高いです。現に結城紬がその方向で、越後上布などでは精緻な絣はコスト的に現実的なものではなくなってしまいました。

シンプルな大島紬

絵絣でなくても魅力的な大島紬だが、他産地の織物との価格勝負になってしまう。

後継者不足は最重要課題です。公的な補助金に投入しない限り大島紬に携わるひとが大幅に増えることはないでしょう。それは好ましい解決策ではありませんし、継続するのは困難でしょう。ここ10年、20年で従来の大島紬を生産することが困難になっていくのは確実です。産地、流通、消費者が知恵を結集してなんとか再興、継続させたいものです。

以上のとおり、生産状況を見ていくと明るい未来は見渡せませんでしたが、人類史上世界最高の精緻な絣模様を作り上げた大島紬の栄光は揺らぐことはありません。先人たちが作り上げた最高級の織物を私たちはまだ手にすることができるのです。品薄感を煽るつもりはありませんが、良い品物はどんどんなくなってきています。産業としての大島紬の円熟期が終わろうとしている今こそ、選りすぐりの逸品を選んでもらいたいものです。