紬は大変丈夫な織物ですが、写真の結城紬(単衣仕立て)のように…
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問屋の仕事場から
- 2018.10.17
- ご容赦頂きたい大島紬の個性
様々な工程を経て作られる大島紬、作業工程ごとに失敗も発生しますが、検査機関の目を潜り抜けてNG品が流出することは稀です。その中でこれはNG品ではないかとしばしはお問い合わせをいただくのが織スジと染めムラです。
着物が消費者に渡る前の最後の工程である仕立て、どんなに素材が良くとも着物の良し悪しは仕立て具合で決まるといっても過言ではありません。採寸をきっちりとして、信頼のおける仕立て屋さんに依頼しなければどんなに最後に台無しになってしまいます。高価な反物を裁つということは大変なことで、万が一間違った個所を裁ってしまった場合は、責任をとって弁済しなければいけません。特に織物の場合は副反がなければ取り返しのつかないことになります。高価な商品を扱う時は慎重に慎重を重ねる作業になります。
布を裁ってしまった後の品質は保証できないため、ハサミを入れる前に商品に瑕疵がないか、最後の検反をします。織元、検査機関、問屋、販売店と様々な目をくぐってきた商品ですが、どこで傷つき、シミなどが発生しているかわかりません。最終工程を担う人の目が厳しくなるのは当然です。
そんな中、NG品ではないかと多くの問い合わせがあるのが大島紬の織スジと横段です。見る人によって許容できる範囲は幅がありますが、すべてNG判定してしまうと大島紬を否定してしまうことにつながりかねません。今回は実際の商品を見ながらどのような過程で織スジや横段が発生するかみていきます。
サンプルにした泥染めの大島紬、カタス7マルキの商品です。梅の花が左右上下反転したものが飛び柄として繰り返しになっている典型的な商品です。遠目に見ると地あきの箇所は黒一色に見えますが、近づいてよく観察すると織りの加減や光の当たり具合で様々な表情が見えてきます。冒頭の写真においては意図的にコントラスト上げ、輝度を明るくして「表情」が見えやすいように画像加工しています。
まず注目してもらいたいのが経糸方向のスジ、一定間隔でうっすらとした経スジを見つけることができます。
よく観察すると万筋と呼ばれる縞柄のように一定の細かなピッチで縞になっていることがわかります。赤で囲った箇所を拡大してみます。
拡大画像でははっきりとは経スジが判別出来ませんが、経絣糸が経スジとして浮き上がってきているのです。この事象は地糸と経絣糸の色が微妙に異なることで発生しているのですが、製造工程からして致し方ない部分があります。
経絣を作る際には締機によって防染、泥染めを行いますが、地糸を染める際とは染工程のロットが異なります。大島紬の泥染めはテーチキ(車輪梅)からとれる植物染料を泥媒染することで美しく深みのある黒色を得ていますが、繰り返す回数、気候条件、作業者によって染めあがる色は微妙に異なります。
地糸どうしは同じ染ロットであれば同じ色味で揃えることが可能ですが、絣糸もそろえるとなると困難です。この微妙な色の差が布に織り上げたときに浮かび上がってくるというわけです。さらに絣糸と地糸でも使われている糸が微妙に異なります。粗さがしをするとどうしてもこれらが経スジに見えてしまうのです。
さらに経スジは絣合わせによっても現れます。
写真は別の箇所を経スジが分かりやすいように撮影したものです。全体的に雨絣のような経スジが浮いて見えます。これも経絣糸のみに見られる経スジですが、すべての経絣糸に存在するわけではなく、ランダムに発生しています。
これは経糸にかかるテンション(張力)がそれぞれ違うためです。十字絣(実際にはキの字)を正確に合わせるため、織り子さんが経糸を引っ張り調整しているのです。絹には伸縮性があるので少々無理な調節が利きます。伸びてしまった経糸は緯糸を織りこんでしまえば、ガッチリと組織になってしまいますのでそう簡単に弛みません。光の反射角度が異なることも相まって経スジが浮いているように目立つのです。
この絣合わせによる経スジは地空きの飛び柄、柄の距離が長ければ長いほど出やすい傾向にあります。絣柄のピッチが長いほど絣を調整する可能性が高くなるからです。絵絣が前面にちりばめられた総絣も経糸を引っ張って調整しますが、経スジが多少出たとしても柄があるため目立ちにくくごまかしが効きます。飛び柄はデザインはシンプルですが技術的な粗が目立ちやすく、織子さん泣かせともいえるでしょう。
絣づくりの時点で完璧に絣のピッチが合っているとは限らず、多少のずれは織工程で調整するしかありません。大島紬は分業制のため織子さんに責任はなく、キレイに絣を合わせるためにはどうしても経スジは発生してしまうのです。廣田紬では致命的に目立つ経スジはNGとしていますが、手仕事の証でもあるこのレベルの経スジは問題ないものと捉えています。
次は織りムラと勘違いされやすいのですが横段についてです。
判別しにくいのですが、写真でもわずかに横段がコントラストの差となって表れています。先ほどの経スジも画像から読み取ることができます。しかしこの横段は織りムラではありません。織りムラとは緯糸を打ち込むときの力が一定でなく、織り密度が異なることで現れる現象です。スリップの原因にもなる織りムラは要注意です。
少々わかりずらいので横段の位置に線を入れてみます。
勘の良い人は気づかれるかもしれませんが、これも絣づくりに起因する横段です。ヨコ絣糸と地糸の染具合の差がコントラストとなって表れます。ヨコ絣糸が使われていない箇所は濃く、使われている箇所は薄く見えます。柄の幅に沿って横段が生まれますが、これも致し方ないことで完全に消すのは困難です。
以上のとおり、地空きの大島紬はその工程上どうしても避けることのできないスジや段が表れてしまいます。まさに手作りの証と言えますが、これを許容できないとなると手織の大島紬を否定してしまうことになるでしょう。
クリーンルームなどで機械加工された工業製品の場合、規格外が少しでもあればNG判定されますが、それは仕方がありません。たった一つのNG品のせいで最終完成品の品質に影響しますし、場合によってはすべてロットアウトとなり後工程に多大な影響を与えます。もちろんそれを防止するため明確な検査基準が定められています。
和装分野においても後染めフォーマルに使われる丹後や長浜の白生地は完璧な状態が求められています。友禅や刺繍などの付加価値の高い加工が施されますので、瑕疵のない生地として一越一越を見ていくような厳しい検反がされています。
しかし大島紬をはじめとする伝統工芸織物はあくまでも手仕事の工芸製品です。主な工程は人の手が介在しているため機械で正確に作られた生地と同レベルの品質は期待できません。そして天然の草木、泥染に定量的な管理を求めるのは難しく、その時々で微妙に微妙に異なります。同じ柄でも織り手によっても風合いが異なりますし、極端な話、体調も織り具合に反映されてしまいます。
大島紬は多岐にわたる分業により職人がリレーで繋いできた商品です。これらは同じ生産ロットでも個体ごとに微妙に違ってきますし、機械で作ったモノにはまねのできないよい味となっています。アンカーともいえる販売店様、仕立てる人にはこれらは不具合ではなく大島紬の「個性」として是非ともご理解いただきたい次第です。
※廣田紬ではNGが疑われる商品すべてを手織り、個性ですと言い切ることは致しません。織スジが目立つ場合や致命的なヒケの有る場合はNGと判断することもあります。疑問点は遠慮なくご指摘頂き、納得のいく対応をさせていただきます。