紬は丈夫なので親子孫、三代にわたって着ることができるといいま…
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問屋の仕事場から
- 2018.04.23
- 紬の着物は三代使える!?(後編)長く使うためにできること
紬は着物の中では比較的丈夫な織物です。しかし絹織物である以上、耐摩耗性に限界があることを前回の項で記しました。今回は紬を三代にわたって引き継ぐためには、どのようにすればよいか考えてみます。
生地は様々な原因によってダメージを受けます。
①擦り切れや破れによる物理的なダメージ
②光やガスによる「ヤケ」
③虫による浸蝕
④カビの発生
⑤絹自体の経年劣化
各々について予防方法と対処法について考えてみます。
①擦り切れや破れによる物理的なダメージ
着物を着ていると袖口や裾、腰回りといった特定の個所にどうしても負荷が集中します。例えば冒頭の写真ではよく擦れることのある袖口の角が擦り切れて組織がほつれてしまっています。
そして絹は水分を含んだ状態では強度が低下する性質があります。汗をかいたり、蒸れやすい箇所もダメージが蓄積しやすいので注意が必要です。
生地の摩耗は普段着として使っている以上避けられないダメージです。強い生地を選んだ上で、複数の着物をローテーションして使うことでダメージを分散するのが有効な対処法です。
そして一度あいてしまった穴は「かけつぎ」で直すことができます。穴の開いた箇所全体に同じ糸を再度織り込んで再生させてしまうのです。写真は結城紬(杢無地の縮織)に空いた穴です。経糸を20本分、緯糸を10本分程用意できれば生地の穴埋めが可能です。織物は仕立て時に不要なハギレが出ますので、これを保管しておくと修理がはかどります。
どうしても修理不可能な箇所は仕立てなおす際に目立たない場所に入れ替えることもできます。信頼のおける仕立て屋さんを見つけることができれば、着物の寿命を延ばすことが可能です。
②光やガスによる「ヤケ」
着物を強い光に当てたままにすると、だんだんと鉄さびのような色に変色してきます。着物に限ったことではなく、人間の皮膚も太陽の光を浴びると日焼けが生じます。生地の色褪せを一般的に「ヤケ」といいます。
ヤケの大きな原因は紫外線で、有機物である染料を分解してしまう(飛んでしまう)ために変色が起こります。この紫外線、太陽光だけではなく、蛍光灯をはじめとする人工光源でも少なからず放出されています。絵羽の状態で陳列されることが多い絵羽の着物(後染のフォーマル物)は少なからずダメージが蓄積されています。
一方、先染め織物は先に糸を染めてから織り上げるため、糸に染料がしっかり浸透しています。表面に少しくらい太陽光が当たっても変化はありません。そして表面がヤケてしまっても表裏が同じ組織の先染め織物は裏側をそのまま使うことが可能なのです。
光に対する耐性(耐光堅牢度)が強い先染め織物ですが、時間の経過とともにどうしてもダメージが蓄積されヤケが生じます。とくに天然染料を使った淡い色の生地はヤケが生じやすく注意が必要です。
普通に着ている分にはまんべんなくヤケていきますので、極端にヤケが目立つことはありません。渋い色味の紬はヤケによる褪色もよい味をだします。しかし片づける際に畳んでそのまま長期間放置しておくと、ある面だけが焼けてしまいます。風通しの際にも直射日光が当たらない場所に吊っておく必要があります。人工光源の蛍光灯も紫外線を放出していますので長期間放置しておくのは避けてください。
そして光は糸自体にもダメージを与えます。精錬された絹糸は耐候性が良いとはいえない繊維で、野外曝露(いわゆる野晒し)した状態だと60日で半分の強度になってしまうほどなのです。
また、長い間しまいこんだ着物を久しぶりに着ようとしたときに生地が変色していることがあります。こちらはガス焼けと呼ばれ、ガスによって染料の色素が分解され退色してしまうことです。密閉空間で発生した空気以外の何らかのガス(NOxやSOxなど)が影響しています。箪笥につかわれた塗料の化学物質や、暖をとるために使われた化石燃料、劣化した防虫剤などが原因と言われています。ガス焼けを防ぐには着物をしまいっぱなしにせずに通気性を確保してやることです。後述しますが、防虫剤はガスを発生させて逆効果となる可能性があります。
そして一度ヤケてしまうと染色補正が行いやすい後染めの着物に比べ、細かな絣などが多用されている先染め織物は補正が困難な場合もあります。
③虫による浸蝕
絹は虫に対して他の動物性繊維より抵抗性があります。同じ動物性繊維であるウールはしまう時には防虫剤が必須ですが、絹に対しては過度に神経質になる必要はありません。虫の餌となるものが他に何もなければ絹も食害の標的となりえますが、精練された絹糸を虫が好んで食べることはありません。正確には絹も食べる虫が存在するということです。
そして、防虫剤をたくさんいれてしまっておくと、ガスが発生してかえって着物にダメージを与えてしまいます。特に異なる種類の防虫剤を混ぜると危険です。ナフタリン、パラジクロロベンゼン、樟脳 これらはお互いに反応してシミを残すことがあります。そして去年はナフタリンを使っていたけど、今年は樟脳なんてことが十分ありえます。残留している気体に反応することもありますので、防虫剤を入れるときは同じものを使い続けるかピレスロイド系(他の防虫剤と反応しない)を使うようにしてください。
④カビの発生
絹はカビについてもそりなりに抵抗力がありますが、繊維に皮脂や汗がついていた場合はカビを繁殖させる原因となってしまいます。しまいこむ前にしっかりとした手入れが必要です。万が一生えてしまってもサッと表面を刷けば除去することができる場合が多いです。
また、糸自体が糊を含んでいた場合、カビは好んで糸に至るまで浸蝕します。湯通しが完全にできていない場合や、糊がついたままの反物を長期間しまいこむのは危険です。一旦カビ菌の根が絹の繊維の深くまで浸透すれば、手の施しようがなくなる事態になります。反物を長期間しまいこむ際はしっかり湯通しをして糊を完全に抜いておく必要があります。
⑤絹自体の経年劣化
有機物である以上、どんな物質であろうと経年で劣化し、崩壊してしまいます。江戸初期の絹の古裂なども手で触れただけで崩れてしまいます。古裂のコレクションが貴重なのはその脆さゆえに、保存状態の良いものがないからです。
しかし保管状況が良ければ劣化を遅らすことができます。例えば中国の古墳から絹織物の副葬品が数千年を経て見つかることがあります。これは絹のたんぱく質の脆化(劣化)させる原因となる紫外線、水分、酸素、微生物、温度変化等から遮断されていたからです。
あるこだわりの寿司屋のネタはお客さんが見えるようなところにありません。鮮度の劣化を極限まで抑えるために冷暗所で保管しているのです。
着物も同じように絹にダメージを与える要素をできるだけ排除すればその分長持ちします。理想は湿度が低く、温度変化の影響を受けにくい土蔵の中に桐箪笥を置いて保管することですが、現代の住宅事情ではなかなかそうはいきません。
よく使われるのが透明なプラスチックの収納ケースです。これらの樹脂ケースは通気性がありませんので、乾燥材を一緒にいれておき湿気が溜まるのを防ぐ工夫が必要です。そしてケース自体を湿気の溜まる場所に置かないことです。通気性のことを考えると、たとう紙に入れた状態でクローゼットの上の棚に置いておくだけでもよいのです。
とにかく湿気は大敵で、着物が湿気を吸っているときは、風通しの良い場所で陰干しをして水分をできるだけ除去することです。カビの原因になるだけでなく、水分は絹自体の劣化を促進させてしまいます。
絹自体の劣化は繊維を構成するタンパク質が分子レベルで分解してしまうことですので、もう二度と元の強度には戻りません。特に対策をせずにただしまっておくと糸の強度は50年で元の6割程、100年で3割程になります。
しかし保管にちょっと気を使うだけで生地の劣化を遅らせることができるのです。
長い間誰にも見向きもされずに、暗い場所で保管された着物の悔し涙が、シミになる・・・
保管に気を使うより、年に何回か使えばシミや劣化は避けられるのです。着物も生き物ですので、運動させてやるのが一番というのが正直なところです。
どうしてもクリーニングが必要になれば現在は宅配サービスの着物クリーニング専門店も登場しています。普段から呉服店との付き合いがない方は大変頼もしいサービスです。
また、クリーニングに出せば1年間預かってくれる保管サービスが付帯してくるところもあります。
【サービス名どんな着物も老舗クリーニング工房が丸洗い】
以上、紬を出来るだけ長く、大切に使うためにできることを考えてみました。
着物に使われている糸が有機物である以上、永久の存在ではありません。しかし丈夫な生地選び、大切に着てやることと、適切な保管方法を守れば3代(50年~100年)でも十分使うことができます。幸いなことに(?)着物は決して安い買い物ではありませんので、自然とメンテナンス、保管にも力が入ります。
職人が手仕事で丹精込めて作った布ですので、着る側も管理に手間を惜しまず愛でながら使いたいものです。
⑤番外編 突飛な柄を避ける
いくら①~④に気を使い、保存状態が良い紬であっても後世の人が着てみたいという柄でないと意味がありません。シンプルデザイン(無地縞格子)はいつの世でも安定した人気があります。
しかし特徴のある総柄の絣ものになるとその時は斬新であったかもしれませんが、先の世では少々奇異な目で見られるかもしれません。縞格子以外の柄を選ぶ際の基準として、長く普遍的に使える古典柄を選択することもコツです。