紬は着物の中では比較的丈夫な織物です。しかし絹織物である以上…
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問屋の仕事場から
- 2018.03.24
- 紬の着物は三代使える!?(前編)耐久性のお話
紬は丈夫なので親子孫、三代にわたって着ることができるといいます。三代というと、少なくとも半世紀以上にわたって使われるということです。実際におばあさんの着物を仕立て直して着ている方や、100年以上前に作られた生地がワンピースやバックなどにリメイクされて使われています。今回は着物の耐久性について考えてみたいと思います。
「何々紬は特に丈夫だから3代にわたって着れる」「長期的に見れば洋服と比べて安い買い物、財産になる」、こんな売り文句をそのまま鵜呑みにしてはいませんでしょうか。
極端な話ですが365日×50年着ても擦り切れない生地などこの世に存在しません。どんな生地でも普段着として毎日着ていればいつかは擦り切れてしまうのす。洋服と比較して丈夫かどうかは、使われている繊維や織り方に大きく依存します。
正直なところ耐久性の観点でいうと絹の着物は、化学繊維を使い自動織機で高密度に織られた洋服(それこそファストファッションでも)にはかないません。
しかし流行り廃りがある洋服に比べて長く着ることができるという意味であれば的を得ています。洋服は流行の柄が存在し、時代と共に形状、仕立ても変化します。一方、縞、格子のシンプルデザインは普遍なもので、その形状もすでに完成されています。100年前のものをそのまま着てもおかしなことはありません。
直線裁ちの着物は仕立てを解いて繋げば一反の反物に戻ります。そして洗い張りをして仕立て直すと新品のように復活するのも着物ならではの驚くべき特性です。生地をいたわり、丁寧にメンテナンスし続けることで三代にわたって着ることはあながちウソではないのです。
お気に入りの着物をできるだけ長く着たい!というのが心情ですが、どのような生地が丈夫で擦り切れにくいのかを考えてみます。
・織り組織が平織であること
織の三原組織には平織・綾織(紋紗)・繻子(朱子)織がありますが、丈夫な生地を追求すると平織で織られていることが求められます。
表面がフラット(ナイロンの平織写真参照)な平織は全体で摩擦を(面で吸収)受け止めることができます。一方、綾織や朱子織は糸を浮かせて織るため、生地が擦れた際に浮糸に負荷がかかります。
糸が浮いた柔らかモノ(フォーマルの染の着物)の生地を拡大してみました。
複雑な織り方がされており、大きく緯糸が浮いているのがわかります。擦過のダメージが平織のように面で吸収されずに、浮糸に集中(線で受け止める)必要があることがわかります。
優美さが求められる留袖や訪問着はドレープ性が求められ、複雑な組織でそれを実現しています。着やすさ(重い)と耐久性が犠牲となっていますが、これらは頻繁に着るものではありませんから大きな問題にはならないのです。
毎日のように着用する紬は着心地の良さや耐久性が求められます。紬が丈夫だといわれるのは平織という摩擦に強い優れた織り方がされているからです。紬のなかには趣向を凝らした綾織の紬もありますが、耐久性を重視するのであればシンプルな平織を選択する必要があります。
・織の密度が高いこと
一般的な反物の幅は一尺(約38cm)程ですが、このなかには1000本以上の経糸が配置されています。経糸をまたぐようにして緯糸が打ち込まれますが、緯糸の太さや打ち込み具合で織の密度が変わってきます。隙間なく糸が打ち込まれているほど強度は強くなります。
少し極端ですが、異なる密度の織物を同じ縮尺で比較してみます。
生地を構成する糸の量が変わるわけですから、摩耗に対する耐久性は違ってきます。たくさんの糸、広い生地面積でダメージを受け止めるほうが、擦り切れにくくなるわけです。
大島紬でも経糸の密度を粗くした13算の廉価版の商品がありますがこれらは耐久性に劣るわけです。丈夫な織物を求めるときは織の密度にこだわることも大切です。経糸の本数、緯糸の打ち込み具合に着目する必要があります。
・糸が太く強く撚ってあること
糸の性質もとても大きな要素です。糸の太さや撚り具合、果てはカイコの品種にまで及びますが、要は太くてよく撚ってある糸が生地にしたときも強いということです。
お手本のような生地が袴地です。組織を拡大してみます。
今までの画像と同一縮尺ですが、経糸自体がとても太いのがわかります。複雑な撚り(双糸の3本撚?)がかかっており、表面の繊維が少し擦り切れたくらいでは糸は切れません。生地の重量も相当なものになり、風合いは硬質そのもの、着尺にはなかなか適しません。
一方、よく丈夫といわれる大島紬、同じ縮尺で拡大してみます。
細い生糸で構成されているのがわかります。大島紬のしなやかさはこの細い生糸に由来するわけですが、糸の撚りも甘く、摩擦に強い生地とは言えません。何度も同じ個所をこすったりすると繊維が摩耗して擦り切れてしまうでしょう。大島紬は丈夫といわれることが多いのですが、耐久性の面では他の紬には及ばないのです。
無撚糸をつかった結城紬も擦れに強い生地とは言えません。写真はわかりやすいように撚られていない糸を平織組織にしたもの(実際の結城紬ではありません)ですが、繊維一本一本が独立しているため耐久性に劣るのが見るからにわかります。
以上、丈夫な生地とはどのようなものかを見てきました。着心地と耐久性はトレードオフの関係にあり、これをバランスよく両立させているのが平織の真綿紬といえます。
そして一概に何々紬だから丈夫であると言えないことがわかりました。着物が高いのはそれだけ製造コストがかかっているからであって、耐久性があるからではありません。ロマンを壊すような書き方ですが、道理からすれば着物は洋服より丈夫なんてことは決してないのです。
本来、紬はとても丈夫なものでした。それは太く粗野な糸でガッチリと織られていたからです。屑繭を集めて、品質をそれほど気にせずに糸取をすると、大きな節を含んだ太い紬糸になりました。それを地機を使い緯糸をしっかりと打ち込み織り上げるのですから、それはそれは丈夫な織物になります。現在のようなふわっとした風合いは望めず、野良着そのものであったのでしょう。
江戸時代、それらが商品として流通するようになると、紬はもう野良着ではなくなります。そして技術の進化、洋装化の流れの中、紬は民芸品から工芸品に変わっていきました。多くは更なる付加価値を求めて現在の姿に変遷していいきます。丈夫さが特徴であった紬の繊細化は一部の消費者のニーズを捉えているのかもしれませんが、多くの人にとって手の届かない贅沢品になってしまったのです。
工芸品として商品化に成功したいくつかの紬は生き残りましたが、民芸品(実用品)としての伝統的な布は時代の波の中に消えていきました。現在では実用性では化学繊維にかなわなくなった紬、工芸品としての繊細さ、風合いの良さを追及して生き残ったのは至極当然かもしれません。しかしそんな中でも耐久性という紬の根底にある魅力は忘れずにいてほしいと思います。
後編では紬を長く使うためのコツを紹介しています。