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問屋の仕事場から

2018.02.25
着物は危険!? アゾ規制の問題

各種カラーの染められた糸

平成28年4月に施行された家庭用品規制法(有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律)の改正(以下アゾ規制)から約2年が経過しようとしています。アパレル業界は対応に追われましたが、きもの業界でも少なからず動きがありました。

まずアゾ規制について簡単に説明をします。

繊維製品を染色する際には多種多様な染料や顔料を使います。工業的に作られる染色材料は大半がアゾ色素と呼ばれるものに分類されます。これらはコールタールを主成分にして作られますが、そのうち約400の染料種(国内では50種程度が流通)は「特定芳香族アミン」と呼ばれる発がん性物質(24種類)を生成する可能性があります。

仮に単体では無害でも、皮膚の細菌や酵素、汗などで不意に危険物質に変化する。BOKENの検査サイトより編集

そこで、その染料(顔料は対象外)を使った繊維製品において基準値(試料1gあたり30μg)以上検出された場合は当該製品の販売ができなくなるという法律です。さらに違反者には1年以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰も課されます。

※規制対象部位は通常の使用で肌に直接触れる可能性があるところ

発がん性物質のリスト

発がん性の可能性が指摘される24種の特定芳香族アミン、実際には確証の得られていない物質も多い。危険性に差異があるにもかかわらず基準値は一律の線引き(試料1gあたり30μg)がなされている。

インパクトのある改正だったため、染料メーカーはもとより、製造、流通全ての業者で対応に追われました。輸出入を前提とした物作りをしているメーカーはすでにREACH等の国際的な環境基準に沿った対応をしていたため、大きな混乱はなく対応ができたようです。業界団体の主導ですでに自主規制をしいていた会社もありました。大きな影響があったのは今まで外圧の影響を受けない物作りをし、国内で販売をしているところです。

呉服業界は例外扱い、まるまるアゾ規制を免れることになった。

まさにきもの業界がそれにあたります。しかしこの法律の対象となる家庭用品に「和装用品」は含められませんでした。きものがすでに特殊品で無視できるほどマーケットが小さいものだからでしょうか。業界が総力を挙げて反発したからでしょうか。とにかく業界は規制の網を逃れ堂々と商売ができることとなりました。

法律が施行されてから、和装のメッカである京都市では低価格で試料の分析受入を開始しましたが、ほとんど依頼はなく他人事のようにどこ吹く風で時が流れます。

廣田紬でも全ての仕入先様に対して不使用宣言書の提出を依頼することに。

しかし厳しい管理体制が求められる上場企業に納品する場合は少し話が別でした。一部の百貨店ではコンプライアンス上の問題から自主規制を施き、和装用品にも問題の染料を使わないこと(不使用宣言書の提出)を納品業者に求めたのです。取引先の問屋は調査に追われ、メーカーに確認しますが、ふたを開けてみればやはり出てきました。

黒く染められた絹糸、伝統的に使われてきた自然染料であればアゾ規制とは無関係。

近年になって作られた製品のほとんどは問題ないものと考えられますが、流通在庫をすべて調査(民間検査機関での調査費15,000円程度/1試料)するわけにはいかず、ある程度目をつむっているところもあると考えるのが自然です。

しかし今後アゾ規制がいつ和装にも適用されるかわかりません。危機感を持つことができた産地では組合主導で使用している染料を洗い出し、徐々に規制にそった染料に切り替えています。

刷り込みで染料を摺りつける

紬の絣付け、ノズルから染料が吹き出し擦り込む仕組み。

そうすると今までの色味と異なるやら、代替染料の色落ちなど様々な弊害が出てきました。世界基準のルールから隔絶された業界のツケが回ってきたといってもよいかもしれません。改善に必要なコストは髙い勉強代になったといえるでしょう。

廣田紬で扱う商品の中には自然染料だけではなく、化学染料で染められた商品もあります。各織元に不使用宣言書の提出をお願いしたところ、染料メーカー自体が成分を開示しない等で簡単にOK判定を出せないところもありました。商品の性格上、問題となる染料は使っていない(どのみち基準値未満)はずですが、百貨店様向けには疑義が生じる品物は納品しないように留意しています。商品のラインナップが減ってしまうのはとても残念なものです。

 

着物は危険なの?

着物はアゾ規制の対象外ですので、問題の染料を使った商品の流通は違法ではありません。今後を見据えて製造元もアゾ規制を順守しはじめましたが、これまでどおり我が道を行くところもあります。

そして一般衣料品と違い在庫回転期間が非常に長いことから、多くの流通在庫が各店に滞留しています。問題の染料を使った商品を避けることは困難といってよいでしょう。単純比較はできませんが日本皮革研究所の調べでは調査に持ち込まれた革製品の3%がNG判定でした。

さて、ここで問題となるのが本当に問題のアゾ染料が消費者にとって危険であるかどうかということです。問題の染料は経口毒性が疑われていますが、人体に直接入って酵素で分解、発がん性物質(24種の特定芳香族アミン)に変化する可能性はどれほどのものでしょうか。

黒くなった布

泥大島を埃取クロスで強くこすると色落ちする。自然の泥なので当然人体に無害である。

生地を舐めつづけたりすることはないでしょうし、舐めたくらいで落ちる染料はそもそも使われません。仮に舐めたとしてもガンを発症させるだけの量の摂取は無理でしょう。なによりも現時点で衣服の着用に由来したがん発症は確認されていないのです。

そして一般に安全と思われている自然染料(例アカネ色素)でも発がん性が指摘されていましたが、これまでにガンの症例はありません。茜染が原因で皮膚がんになったなどというケースがあれば、すぐに禁止されているはずです。

茜を使った紬、精錬に至るまで天然素材を使う徹底ぶり。

心配する必要があるとすれば、産着(乳児が舐めて経口摂取)、汗で色落ちがする襦袢(皮膚に付着)などという限られたケースです。古着についても注意が必要で、規制が緩かった頃の危ない化学染料が使用されている可能性が相対的に高く、繊維の劣化と共に色落ちする危険性が否定できません。

 

注意すべきは製造業者

危険な化学染料との長期間の接触は職業性膀胱ガンを誘発することがわかっています。きもの業界の例では友禅染に使う絵具が特定の膀胱がんと関わりがあることが、かなり前から京都大学医学部により解明されています。このケースでは筆先を揃えるために舌を使っていたり、染料が気化して知らず知らずのうちに吸引することになったり、染料の分量を微調整するために口で直接染料を吸引(普通はやらないレアケース)していたのです。

鮮烈な色の染料

鮮烈色を出すには化学染料が必須。刷毛で染料を扱う際は体への接触は不可避である。

化審法により現在では危険な染料は姿を消しつつありますが、色調はきものの命ともいえ、違う染料で同じ色味が出せるかといえば一筋縄にはいきません。理論的には色の3原色があれば任意の色を作ることができますが、単純にRGBの数値管理できる世界ではありません。代替え染料は色濃度が低い傾向にあり、「色」にこだわる職人が古い染料を頑なに使い続けているケースもあります。愛煙者に禁煙を無理強いするのは困難なのと同じように、ここまでくると健康管理は自己責任とも言えそうです。本当に注意すべきは染色に関わる職人なのです。

※労働安全衛生法により事業者に対しては危険な薬品の空気中の濃度管理が一応は努力義務化されています。

 

以下、染料についてのわかりやすい解説本、大変参考になりますので一読をおすすめいたします。

 

最終的には消費者の考え方次第

家庭用品規制法は消費者に対する健康被害防止を目的に制定されていますが、和装関連商品は適応除外品となりました。消費者に対する安全性がないがしろにされたとの批判がある一方、ナンセンスな法制度に屈しなかったのはアッパレという意見もあります。

きもの自体が消費者に健康被害を及ぼすとは考えられませんし、大多数の消費者はこの問題自体を気に留めていない(そもそも知らない)でしょう。

整頓された薬品棚、きちんとした管理体制が製品づくりにも反映されている。染色作業には化学知識が必須。

気になる方にとっては「せっかく誂えた私の着物に危険な染料が含まれていたらどうしよう」という精神的な面での影響は否定できません。その場合は自主規制を敷いている販売店で新しい商品を求めるか、100%草木染の商品を選ぶしかありません。

草木染の樹木

自然染料は安全で環境に負荷を与えない。久米島紬の染料となる木々。

直接口にする食糧でさえ、議論が分かれるものがたくさんあります。有害物質は他にも世の中にはいくらでもありますので、気にしだしたら現代の生活は維持できないでしょう。

「エコ、健康」を意識したエセ化学が世の中に蔓延、商品の売り文句にもなっています。さまざまな情報を正しく取捨選択、賢く行動するしかありません。

最終的には消費者の考え方次第なのです。

 

これを機に業界が少しでも前へ、外へ

今回のアゾ規制自体も日本は世界のルールから何週も遅れてやっと施行されました。和装業界は規制を免れましたが世界基準からまたしても取り残されてしまったのです。コンプライアンス管理が求められる一部の百貨店、商社主導で少しずつ「正常化」されつつあります。ほっといてくれと反発がある中での大変な労苦をかけたマジメな取り組みであるといえるでしょう。

きもの産業はほぼ100%といってよいくらいに日本国内にマーケットが絞られています。特殊な環境ゆえ外資の参入はなく、世界のマーケットからも隔離されています。輸出もされませんので、世界基準の規制やルールは導入されず、各製造メーカー、機場が独自に物作りをしています。

機織りするおばあさん

自然と共生、我が道を行く伝統工芸。外部がとやかく言うのは少々ナンセンス・・・

もの作りに必須の概念であるISO9001、14001も和装業界ではまず話題に上ることはありません。製造に直接かかわる現場ですらほとんど知られていないのが実情です。取得、運営には多大なコストを要することから、経営資源が乏しいところでは認証取得は現実的ではありません。そして工業製品とは商品哲学が異なる工芸品に持ち込むには不適当な概念であることも確かです。

しかし学ぶべきことも多く、良くも悪くも昭和の運営スタイルから前向きに脱却するには良い刺激となるはずです。

電力により自動化が進んだ工程もある。手仕事とはいえ工程改善の余地はまだまだ。

2020年東京五輪の際には着物でおもてなしをする動きがありますが、世界を相手に自信をもって臨める物作り体制でいたいものです。伝統を守り研鑚するのも素晴らしいことですが、それだけでは思わぬ時代の変化に置き去りにされてしまいます。

世界の物作りの潮流から取り残される和装産業、今回のアゾ規制を免れてほっとしている場合ではありません。いつ規制が適用されるかわかりませんし、しっかりと準備しておく必要があるでしょう。伝統産業だから保護すべきというのであれば本末転倒、昔は化学染料など一切使われていなかったのですから・・・

 

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