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問屋の仕事場から

2021.01.06
【鯨尺⇔センチ換算ツール】着物における鯨尺とは

呉服、着物の世界では聞きなれない鯨尺という単位が登場します。

メートル法に慣れた一般の方にとっては馴染みがないので、すぐに換算できる計算ツールを設置いたしました。

※1尺=37.8788㎝ 小数点2位で切り捨てる計算式のプログラムです。

 

本ブログでもしばしば登場する長さの単位「尺」、反物の幅や長さを表記するのに使用される単位です。

尺は明治期に制定された度量衡法に基づく単位で、尺貫法(0.1丈=1尺=10寸=100分)で表されます。

尺や寸は「尺とり虫」「一寸法師」など身近な言葉に残っていますが、1尺≒30.03㎝となります。日本では古くから尺貫法が使われていて、和の伝統を大切にするところでは、いまだに使われているケースがあります。

呉服業界においても例外ではなく尺貫法が使われてきました。ただし、鯨尺という更にイレギュラーな単位で、、、

 

和装で使われる鯨尺

和装の世界においても長さを表す単位は尺貫法です。例えば反物の幅が1尺、長さが3丈4尺と行った具合です。

しかし一般に使われる曲尺(カネジャク)とは異なり鯨尺(クジラジャク)が使用されています。

※履物などには曲尺が使われています。

1尺≒37.8788㎝

鯨尺は 1尺が約38㎝ で、曲尺の1.25倍の長さに設定されています。ですので一般的な反物の幅は38㎝(1尺)、長さは12.8m(3丈4尺)ということです。

計測する道具としては一般的に「尺差し」という物差しが使われています。昔は鯨の髭を加工したもので作られていたようですが、現在は竹で作らた2尺(約76㎝)のものが主流です。

竹製の2尺差し、メートル法のメモリも併載されている。

例えば反物の長さを測る時はこの2尺差しを当てていき、何回送ることができるかで計測することになります。

送りが十六回(16×2尺)プラス3寸であれば反物の長さは3丈2尺3寸という具合です。通常のメジャーや定規は正確に測ることができるようJIS規格に基づいた精度が担保されていますが、こちらは自然素材の竹製でどの程度の精度が出るか怪しいものです。

最大75センチ程度の生地幅を測ることのできる2尺差し。長さが足りなければ生地を送って測る。

更に計測方法は各々人間の手の動作に依存しますので、1ストローク毎に確実に若干の誤差は生まれ、16回送れば誤差は16倍にも達します。しかしその誤差も測り終わる頃には収束してしまうのが不思議なもので、着物の仕立てには影響がない誤差でそれなりに測れてしまうのです。

何万ストロークにも及ぶ検反で磨り減った先端。

廣田紬でも竹製の2尺差しは何十年も使われていて、その耐久性は折り紙付き、まだ何十年も割れるまで使い続けることができるでしょう。

鯨尺の物差しは1尺に折りたためるタイプやメジャータイプ、様々なものが存在しているようです。

呉服の世界だけで通用するマイナーな定規ですが、鯨尺のタイプもアマゾンで買える時代になっているようです。

 

こちらは鯨尺メジャー、裏が㎝表記になっているのでリバーシブル使いが可能です。

 

 

ややこしいから尺貫法の使用を中止せよという理論は通る?

なぜ同じ尺でも2パターンの長さがあるのか、大変紛らわしい状態ですが、どちらかに統一しろと言ってもお互いの権利を譲らず、平行線をたどっています。国際的単位系SI(メートル法)が基本に定められていてもヤード(ゴルフ)やフィート(航空機の高度)、海里(航海での距離)といった別の単位がそれぞれの分野で使い続けられているのと同じです。

ヤードやフィートといったメートルとは相容れない(割り切れない)単位が国際的にも生き残っている。

尺という言葉自体は古来中国から人間の体躯ベースに発生していると言われています。鯨尺に関してははっきりとした起源は不明です。ただメートル法が普及する前の諸外国の実情からすると、普及していた織機で織ることのできる生地幅に由来することが多いようです。日本の場合も小幅ベースであった可能性が高いと言えるでしょう

伝統的な織機(いざり機)で織る女性の絵、生地幅がベースとなった可能性が大。

生地の長さを図る尺という言葉自体はあったのですが、各地が方々で都合のよい独自の長さが使われていて、所変われば微妙に長さが異なるという事態が発生します。これでは様々な取引に支障をきたすので、1891年の度量衡法において鯨尺のはっきりとした長さを「1尺=33/10メートル」と定義しました。

異なる単位が表記された定規。度量衡法によって初めて1尺=33/10mと決まった。

もっとも都の支配が及ばなかった(文化が広まらなかった)東北以遠は曲尺が使い続けられてきた過去もあり、現在ではメートル法が主に使われています。米沢を中心とする織物産地のスペック表記には反物の長さが3丈2尺ではなく、12mと記載されているケースが多いようです。洋装生地(反物の幅が広い)の製造を行なっている産地においてもメートル法表記がされる傾向が強くあります。

米沢産地の商品ラベルに記載されている単位はメートル法が多い。

仕立てる前の反物の状態の長さを一般消費者が知ってもあまり意味がないかもしれませんが、産地としてはより消費者の方向を向いていると言えるでしょう。

さて、長さを表す単位が3パターン(メートル、曲尺、鯨尺)も混在しているのでは混乱をもたらしますし、いちいち変換する手間も積もり積もればそれなりの労力です。

複数の単位が混在していたことで海外では航空機が燃料切れで落ちる命に関わる事件も発生しています。三種類もの長さを表す単位を、国際的な基準であるメートル表記に統一はできないものなのでしょうか。

実は1959年の計量法の改定でメートル法の使用が義務ずけられました。取引や証明に尺貫法を用いることを禁止したのです。

計量法で尺貫法の仕様書への記載は禁止されている。計量法に関する経産省QA資料から

急に今まで使用していた単位が使えなくなるのは(実際は7年ほどの移行猶予期間がありました)たまったものではありません。曲尺を使う建設現場では混乱をきたし、大工が検挙される事態にも発展します。有名な永六輔さんによる「尺貫法復権運動」では尺差しを作成して警察を挑発したり、相当な世論の反発がありました。

真ん中の色の濃い2尺差しが法律施行以前のもの、尺表記Only「既存不適格」定規Ver。

あまりにも柔軟さに欠ける法律だったので定規などはm法を併記することで使用しても問題ないとの判断が下っています。ある程度の柔軟さを持たせざるを得なかった計量法、呉服の取引の現場や、和裁の寸法では相変わらず尺貫法が使い続けられることとなりました。

単にややこしいからといって、日本の文化や生活に根付いた単位を強引に変えてしまうのは、民主主義国家としては受け入れられなかったのです。

 

着物がある限り鯨尺は永遠に

グローバル化が進むにつれ、国際的にはメートル法(国際単位系)が定着、世界中にあったあまたの単位が失われようとしています。

しかしメートル法を使用することを頑なに拒否する国があります。それはどこぞの独裁国家ではなくアメリカです。覇権国家であるアメリカにおいては国際的な取り決めなぞどこ吹く風、旧来のヤードポンド法が使われ続けられているのです。

今となっては大変小さな市場である和装業界も独自の単位を守り抜いてきました。日本人に常に寄り添ってきた和服の反物巾から生まれた鯨尺、今後も着物がある限り守り使い続けられていくことでしょう。

現代でも小幅(1尺38㎝)の着物生地、洋装幅(140㎝)の織機が登場してもスタイルは変わらない。

一般の方にとってはややこしさ極まりない鯨尺という単位ですが、数字を変換するためにこの記事にたどり着いた方、

日本には独自の単位があり、それを国家が無理やり変えようとした歴史、今でも使い続けられている現場の矜持があることを知っていただければ幸いです。

 

 

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