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問屋の仕事場から
- 2020.12.31
- 成人式延期のススメ、失われてはいけない着物の思い出
新型コロナウイルスの影響で成人式(二十歳を祝う集い)を中止とする自治体が増えています。
感染拡大を受けて早々に中止を決断した札幌市、
当初は中止を表明したが批判を浴びて分散開催を行うことになった横浜市、
市中感染者が急激に増えていても強行する構えの和装産業のメッカである京都市、
政令市だけ見ても対応が分かれます。
現状では直前まで当日ギリギリまで様子を見るところが多数派、突然の中止判断の可能性を拭い去れず年を越す本人やその家族は大変気の毒な状況です。
自治体側としては成人式中止の決定は、さぞ断腸の思いでの決断だったと思います。しかし「延期」ではなく、救いようのない「中止」の2文字だけで終わらせてしまうのも考え物です。
「延期」という判断をすることで、「当事者」、「成人式関連業者」、「和装産業の未来」、皆が幸せになれる三方良しに繋がるのではないでしょうか。
成人式の中止は関連業者にとっては死活問題
成人式における女性の振袖着用率は9割以上というデータもあり、着物業界にとっては大きなマーケットになっています。
成人式は一日で100万人規模の新成人に加え、その家族を動員するこの国における最大のイベントの一つです。着物業界だけではなく、写真屋、美容業者、会場運営をはじめとする様々な業者にとっても大きなお金が動く、社命を左右しかねない一大行事なのです。
和装市場の3割は振袖需要と言われていて、多くの振袖に特化した専門店が存在します。成人式イベントのために一年かけて営業活動をするという特殊な業態とも言え、写真撮りスタジオを併設するところなど振袖ビジネスは独自の進化を遂げてきました。従来の呉服店とは少々異なるビジネスモデルですが、萎む和装業界において振袖カテゴリーは堅調な分野だったと言えるでしょう。
しかし儲かるビジネスモデルはいつまでも継続しません。写真館や異業種からの新規参入が相次いだことで地域によっては激戦区となり、各社による名簿の奪い合い、DM攻勢、価格重視の消耗戦に突入しています。前代未聞のトラブルとなった「はれのひ」も記憶に新しい事件です。
成人式が中止になってキャンセル、返金となると売上のほとんどを振袖(レンタル含む)に依存している業者へのダメージははかりしれません。振袖業者はキャンセルポリシーをはっきりさせて、衝撃に備えていますが、耐えきれない所も出てくるでしょう。
振袖ビジネスと無関係な和装業者にも及ぶ影響
従来の真面目?な作り手、高級呉服の販売店からすると、インクジェットで染められたペラペラ商品が跋扈する異世界のことなので関係ないと思っているかもしれません。
大切な振袖をレンタルで済ますような輩は私たちとは縁がない、、、
すでに販売済みだから、中止は残念だが私たちの来期の売上には関係ない、、、
私たちの扱う商品カテゴリーは昨今の振袖とは関係ないから可哀想だが他人事、、、
流行りの振袖ビジネスに関わらない従来の呉服関係者はそう思っているかもしれません。
しかし、たった1日の成人式ですが大切な日の着用機会が失われると、その先にある潜在需要の大きな損失にも繋がります。
成人式は半強制的に着物の良さを発掘する機会
成人式において振袖の着用が推奨されているわけではありませんが、その着用比率は90%と言われています。
振袖着用が一般化していない自治体もあり一概には言えませんが、スーツなどの別の格好だと少々浮いてしまうのが実情です。皆が着ているから別に着物に興味がない人も、群集心理から着用せざるを得ない振袖披露会なのです。
晴れの日に着物を着る習慣は薄れてしまいましたが、成人式においては否が応でも振袖を着るのが当たり前という雰囲気が醸成されています。
一般的に振袖は「高価」なものですのでレンタルにせよ、購入にせよ慎重に選ぶことになります。その一張羅を選択するのに丸一日がかかるといっても過言でないでしょう。新成人の彼女はたくさんの振袖を前にして、何回か試着、今までに体験したことのないお姫様気分を味わうことになります。本人は世の中にはこんなに美しい服があるのか、そして家族は娘がこんなに美しくなったのかいう感動を覚えるわけです。
当日は各々に着飾った複数の友人と式に参列、久しぶりに会う高校の同級生達、男子どもは大人になった彼女達に見とれ、式の後は楽しい飲み会へ、、、、そのような構図が従来の成人式でした。
楽しかった成人式、その一翼を担うのが特別な私を演出してくれる振袖であることは間違いありません。着物を着て注目されるワタシ、特別なワタシ、何年たっても鮮明にその記憶は残ります。その刷り込み体験こそが次の着物を着たいという動機に繋がってくるのです。
普通の生活をしていれば触れることのなくなった着物、強い情熱がなければ着物を着てみようかと思わないでしょう。その「情熱」をもたらすエントリーイベントとしての側面も成人式は兼ねています。
着物を着るということがこんなに楽しい、特別だと無理にでも感じさせるたった1日が失われてしまうことで、自ら着物を着たいと思う動機が失われてしまいます。良くも悪くも半強制的に着物の良さを知ってもらう絶好の機会がまさに成人式なのです。
「延期」は皆が納得する落とし所
運営、自治体側としては簡単に一言中止といってしまえば責任を負わなくて済みますので、シンプルな幕引きが可能です。命には代えられない、コロナ渦だから仕方ないね、大声で文句が出しにくい空気が醸成されてるからです
しかし楽しみにしていた当の本人、家族、そして振袖屋さんをはじめ、ビジネスを当て込んでいる様々な業者は納得行くでしょうか。中止と宣言されてしまえばこの日のために毎日の営業活動を行っていた業者は目も当てられません。中止を判断した自治体は既にお金を払ってしまった本人はもちろん、中止に伴い様々なコストが生じる業者に一円も補償してくれません。そして巨大な市場が直接失われてしまうだけではなく、感動体験、かけがえのない思い出までも葬り去ってしまうのはそれ以上に大きな損失です。
様々な事情があるにせよ、皆が納得行かない「中止」という決定に至るのか疑問に思います。中止でハレノヒを迎えられなかった新成人は、どこか落ち着いた時期にしっかり祝ってあげるべきでしょう。誰も首長のオンラインメッセージなど喜んで聞きたくはありません。晴れ着を着て家族、友人と祝う場が必要です。
廣田紬は成人式と直接は関わりのない分野の商品(紬の振袖も世の中には存在します)を扱っていますが、多くの人にとって着物着用のエントリー、思い出作りの場である成人式の健やかな開催を願っています。