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問屋の仕事場から

2018.06.11
キラッと輝やく天蚕糸を使った織物

天蚕糸が走る着物

天蚕糸を使った織物といえば繊維のダイアモンドと呼ばれるほどの高級品で知られています。髙い知名度を誇りますが、実際に100%天蚕糸を使用した商品を見ることはまずありません。高価すぎることが大きな理由ですが、その特性を利用して一部を織り込んだ織物が作られています。

天蚕とは

絹織物のほとんどは家蚕(かさん)とよばれる人の手により室内で育てられたカイコの糸を使います。家蚕は人が飼育管理しないと生きていくことのできない昆虫で、良質の絹をつくるために何世代もわたる品種改良が行われてきました。一方、野蚕(やさん)と呼ばれる野生の蚕も存在し、柞蚕、ムガサン、タサールサン、エリサンなどと呼ばれる種が世界中に生息しています。それらは家蚕に比べて大型種が多く、野生の生命力にあふれる種です。吐き出す糸は家蚕糸とは異なる特性を持ち、ワイルドシルクと呼ばれ重宝されてきました。

その中でも今回紹介する天蚕(テンサン)は日本固有種の山繭蛾の幼虫、美しいライムグリーンの種です。

鮮やかな緑のイモムシ

クヌギの葉を食べるテンサン@金剛苑、手前にもう一匹いるが保護色で見事に擬態している。

カイコが桑しか食べないのに対して、天蚕はブナ科の樹木の葉(クヌギやシラカシ、コナラなど)を食べます。天蚕自体は特に珍しいものではなく、ゴルフコースなどで転がっているのを見かけた人もいるのではないでしょうか。体にトゲのようなものがありますが刺すことはなく、自分を守る手段は擬態しかありません。大型で髙タンパクなことから、天敵に見つかればすぐに食べられてしまいます。

効率よく繭を集めようとすると、樹木に網などをかけて鳥やほかの虫などから守ってやらなければなりません。そして病気にならないようにうまく管理してやる必要があります。室内で効率よく飼育できる通常の蚕と違い、野外でそれを管理しないといけない為、飼育コストは高いものになります。

大小の繭の比較

繭の大きさ比較、上が天蚕、下が通常のカイコ。終齢幼虫は通常のカイコの4倍の重さに達する。

天蚕の繭は大きいのでその分たくさん生糸が採れると思われがちですが、実は通常のカイコに劣ります。カイコは遺伝子組み換えまでして品種改良をしただけあって歩留りがまったく違うのです。

このように生産コストが高い天蚕糸ですが、独特の性質をもつことから重宝されてきました。まずその色、その黄緑色の繭からは淡いグリーンの糸を採ることができます。実際にはなかなか均一にきれいな色の糸質にはならないのですが、それも野性味あふれる特徴といえるでしょう。

通常の蚕に比べ大型のため、吐く糸も太く繊度が倍近く(5~6D)あります。釣りなどにつかう「てぐす」も天蚕糸と書き、むかしから珍重されてきたことがわかります。伸度も大きくこちらも通常の絹の倍、40%にも達します。これは生地がシワになりにくいことを意味します。そして断面の形状が扁平なもので、通常の糸より豊かな光沢をもちます。

高価な上に使い勝手が悪い天蚕糸

伸度が高く、豊かな独自の光沢をもつ天蚕糸ですがとても高価なものです。やっかいなのはその製造コストだけではありません。その淡いグリーンの糸自体はとても美しいのですが、加工(染色)を前提とした場合、やはり白色でないと使い勝手が悪いのです。さらに天蚕糸は染色適正が極めて悪く、染料が深く浸透しないやっかいな特性も持っていました。

着物が売れていた時代、時にバブル期はとにかく高価であれば売れた時代がありました。天蚕糸100%を使用した着物がもてはやされていたのも平成の初めごろまでです。淡いグリーンやイエローの綾織の着物が着物雑誌の紙面を飾っていたのが思い出されますが、現在ではめっきりと姿をみかけなくなりました。

日本各地でこの天蚕を飼育されていましたが、現在は大々的に飼育されているのは長野県穂高町の有明地方のみになってしまいました。数軒の養蚕農家によって2万~3万粒が生産されていますが、反物に換算すると10反分ほどにしかなりません。

天蚕糸使用の証紙

伊那紬に貼られた穂高天蚕糸使用の証紙。

信州(長野県)は絹の国と呼ばれるほど養蚕が盛んで、文明開化期から昭和の初めまで外貨の獲得に多大な貢献をしました。クヌギやコナラの林が多い安曇野でも野蚕が豊富にいて、繭を採集して糸を採っていました。穂高の有明地方ではいつしかこれらを飼育林として育てるようになり、効率的に糸づくりを行うようになります。明治終わり頃には地域の農家の大半が天蚕に関わっていたといいます。行政の力添えもあり、生産高は約2トン(800万粒)に達しました。

しかし焼岳の大噴火(大正4年)による降灰によって大打撃を受けて衰退、第二次世界大戦の影響もあり一旦は生産が途絶えてしまいます。戦後、動乱が落ち着くようになると野蚕の魅力にもスポットが当たるようになります。200年以上続いた伝統産業を絶やすのは惜しいという声もあり、長野県により有明天柞蚕試験地が設置され、昭和53年(1978)に天蚕センターが開設されました。

和装需要の減衰から県は2005年に養蚕、製糸事業に対し行政支援を打ち切り撤退します。現在では安曇野市が支援する安曇野市天蚕振興会が伝統工芸「穂高天蚕糸」として事業を継続するに至っています。

ウンチクが長くなりましたが、天蚕に関する詳細は唯一とも言える解説書がこれ、ボリュームがすごいですが天蚕の生態から糸の加工方法までが詳しく解説されています。

 

 

貴重な天蚕糸の使い道

行政の支援を受けて継続している天蚕糸ですが、安曇野市天蚕振興会のページで販売されている天蚕糸は700円(税抜)/グラムと大変高価なものです。着物一反分(750g)に使うとなると、材料代だけで50万円になる計算で、これは本場結城紬の手紬糸の5倍にも達します。コストの点と染色適正が悪いことからそのまま生地にすることは難しいのですが、その豊かな光沢を活かして一部を着物に織り込み使われています。

※一口に天蚕糸と言っても複数段階のランクがあり、比較的安い糸も存在します。

天蚕糸の箇所解説

矢印の個所が天蚕糸、蛍光色のような輝きを放つ。

冒頭の写真と同じものですが、こちらは天蚕糸を一部緯糸に使った花織着尺です。天蚕糸を使った箇所に矢印を入れています。綜絖を使い緯糸を浮かせる花織ですが、通常の絹糸とは明らかに違う光沢で彩られているのがわかります。蛍光色ともいえるキラッと光るアクセントはグリーンの天蚕糸にしか成しえない輝きです。

天蚕糸は信州紬に織り込まれることが多く、地元の織元との協業が行われています。

こちらは経糸に天蚕糸を織り込んだ上田紬の花織。

組織の拡大画像、緑の経糸4本が天蚕糸。

伊那紬の緯糸に使われる天蚕糸、完全に横段にせず途中で止めている。

周囲の色と異なる発色であることが明確にわかる。

安曇野市の穂高の天蚕糸を使った織物には穂高天蚕糸使用の証紙が貼られていますが、生地すべてが天蚕糸100%使用というわけではありません。あくまでもアクセントとしての一部使用にとどまっています。また、訪問着ではその光沢の違いをグラデーションで表現した意欲的な作品も出てきています。

こちらは山形県の紅花紬に織り込まれた天蚕糸、信州紬以外でも天蚕糸は使われている。

日本固有種の美しいライムグリーンの天蚕、その美しい糸をなんとか活用出来ないものでしょうか。高価な素材であることを謳い文句にした使い方は無粋で、それだけでは競争力を維持することはできないでしょう。その染まりにくさを逆に利用することでユニークな柄作りにつなげる等、その独特の機能性に付加価値を見出した商品作りをしたいものです。

一般のカイコとは違い、よく動き回る天蚕。ほかの個体に噛みつくこともある。

天蚕糸を使って刺繍された商品。濃淡が見事に表現されている。

 

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