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- ブログ -
問屋の仕事場から

2017.10.18
手仕事の織物が魅力的な理由を考える

機織り娘

日本のような工業先進国において織物が人の手仕事によって作られ、確たるマーケットを築いているという事実はとても驚くべきことです。近代になって繊維製品は真っ先に工業化、省力化が図られました。和から洋へ生活環境が変化する荒波の中、伝統的工芸織物は残り続けてきました。競争にあらがえず淘汰された織物もありますが、一旦途絶えながらも再興にこぎつけるしぶとさも見られるほどです。伝統的工芸織物は手作りであるが故に大変高価にならざるを得ません。しかし人を惹きつけて止まない手作りの味、その理由について迫ってみます。

 

冒頭の絵は伝統的な地機を使う女性図です。時代は江戸期のものですが、動力機械などは存在せず全てが人の手によって作られていました。重要無形文化財に指定されたり、伝統的工芸品となる織物は主要工程が人の手によるものと定められています。

廣田紬のホームページトップには伝統的な工法がちりばめられた織物製造図屏風があります。

藍染めの屏風

藍染で描かれた織物製造図。

この屏風絵図はかつて農閑期に日本各地で行われていた風景です。養蚕、綿、麻の栽培を行い、そこから糸をつむぎ、地元で採れる天然染料で染め、手機で織り上げる。化石燃料を使わず、すべて自然の恵みと人の力で作られていました。生産に必要な材料、道具、人的資本すら自己所有する家内制手工業の典型です。

 

・織工程  手機を使う

・染工程  手捺染、手くびりによる絣づくり

・糸づくり 一つ一つカイコの繭から引き出す/植物を裂いてつなぎ合わせる

 

これらの工程は現在では機械により自動化することができます。実際に世の中に普及する繊維製品のすべてといってよいくらいに各工程が自動化されて効率的な物づくりが行われています。伝統工芸織物の昔ながらの手法を、機械で置き換えるとどうなるかを検証、比較してみます。

 

・織工程 ~機械化では実現できない風合いがある~

屏風の拡大 機織り

左辺の左上方、機織りをする女性。昔ながらのいざり機(腰機)である。

ここでは大島紬を例にとります。鹿児島産地では自動織機で作られた大島紬が作られています。それらの大島紬は反物にオレンジ色の証紙が張られ、縞大島と呼ばれています。昭和40年頃から始まった自動機での生産は今や生産反数の大半を占めるようになり、産地にとっては欠かせない存在となりました。無地の白生地をはじめ、縞、格子などの絣合わせが必要でない商品は自動機で作ることができるのです。一方、奄美産地では原則手織りで、縞格子だけでなく無地に至るまで手織りで織られています。機械で省力化できるのにあえて手織りで作る理由がどこかにあるはずです。

大島紬の反物

シンプルな格子柄の奄美産地の大島紬、伝統マークはしっかりと手織りされた証である。

縞大島と手織りの本場大島紬の風合いを比較すると、縞大島はどうしても機械織り独自のペタッとした風合いになります。客観的にそれが良いか悪いかは別にして、長年織物を扱っている立場からするとどうも迫力に欠け、貧相な風合いに感じるのです。また、打ち込みの力具合がランダムな手織りは、ところどころに織り子さんの織のクセがあります。それが織手のぬくもりが伝わる良い味を醸し出している対し、常に均一な力で織られる織機織は生地がどこまでも均一でどうも味気ないものです。

なによりもこの布は機械ではなく人が手間をかけて織ったのだというストーリーがあるだけで愛着が持てるのではないでしょうか。商品によっては織者の氏名が記載されているものもあります。

 

・染工程 ~人の手が介在する豊かな絣模様~

屏風の拡大 作業風景

屏風右辺の中ごろ、糸に染料を直接擦り込む技法で絣作り。

染工程も機械化によりかなりの省力化を図ることができます。絣づくりを例に挙げると、伝統的な絣つくりは図の通り、糸を張って染料をを擦り込んでいくものでした。また絣を付けたいところを綿糸で防染(マスキング)して漬け込むことでも絣糸を作ることができます。昔は大柄な井絣といった単純な絣が多かったのですが、紬が高級化してくると争うように精緻な絣模様に発展しました。経糸と緯糸の絣糸を作り、それを織で合わせるのが非常に手間がかかるため、精緻な経緯絣の商品は大変高価なものになっています。

そこでこの工程を少しでも省力化しようという様々な取組が行われます。締め機による絣糸の量産が代表的で、そのほかに様々な絣糸づくりの工夫がなされてきました。極めつけの方法が絣糸自体を作らずに、後染で絣をつくってしまうことです。

きれいな亀甲絣

裏表を確認すると同じ模様であることから単純なプリント絣ではない。

この商品、亀甲絣が詰まっている大変手が込んだ商品と思われます。しかしよく確認すると通常の絣糸にはあるはずの絣が織終わりまで伸びていません。終わりの所でピタッと消えているのです。実はこの商品、絣糸を一つ一つ合わせた絣模様ではなく、生地を織り上げた後の後染め加工です。絣全体を見ると整いすぎていて、とても人の手によって織り上げられたものとは思えません。そこを縮織にすることである程度ぼかしているところが商品作りの上手いところではあります。

手仕事の亀甲絣

こちらは結城紬の亀甲絣、絣糸づくりは人の手によるものですので、一つ一つの絣のピッチが正確には一致せず、防染が完全に出来ないことによる浸み込み(絣足)もあります。そうして織られた絣は ランダムな太さの手紬糸も相まって一つ一つの絣が異なってみえます。人の手によって一つ一つ括られ、絣作りされたものは豊かで深い味を醸し出しています。

 

・糸づくり ~自然の恵みをそのまま紡ぎ出した紬糸~

 

屏風の拡大 作業風景

糸つむぎ、整経、管巻き 織り始めるまでの段取りが作業工程の大部分を占める。

 

自動機械による紡績が始まる前は、ひとつひとつのカイコの繭を潰して糸を紡ぎだしていました。現在は節糸を含んだ糸を安価に作るとなると、絹紡糸(けんぼうし)をスラブヤーンに加工することで、紬調の糸を作ることができます。絹紡糸はシルクをアルカリ処理して紡績された短繊維で、繭から直接引き出された紬糸とは異なるものです。一口にシルクといっても様々な種類があり、絹紡糸のように化学的な処理、機械紡績を行ってしまうと、天然繊維の魅力ある風合いは失われていきます。

その絹紡糸を使い織り上げたものがこちら。

機械織の生地

経緯糸にスラブヤーンを使った紬調生地、意図的に節糸を演出。洋装などにも積極採用されている。

一定の長さの太い糸が織り込まれているのがわかります。これがネップ(節)糸でないのは、途中で糸の細さがなだらかに変化、太さを変化させているからです。ランダムに節が出てくる紡ぎ糸とは異なり、機械制御により一定間隔で意図的に違う太さの糸を作り出しています。つむぎ糸は一切使っていませんが、生地にしてしまうと素人目には紬に見えます。廉価品ですので機械織り、生地の風合いがタラっとしていてどうも魅力に欠けるのです。

同じ色目の結城紬を見てみます。

黒い結城紬の生地

この生地は節糸が目立たない最高レベルの糸で織られている。

結城紬の手紬ぎ糸は可能な限りネップ(節)を取り除いていきます。先の紬調織物のようにわざとらしい節はありませんし、良い生地であればあるほど節糸は目立たちません。しかし確かな小さな節糸が浮き上がっておりその生地感は非常に上品なものです。絹紡糸と手紬糸の比較は少し酷かもしれませんが、あえて極端に比較してみました。

特殊な結城紬の手紬糸を例に挙げましたが、実際に多くの織物に使われるのは通常の紬糸です。これらは程度の差はあるものの、完全に人の手でつむぎ出されることは稀で、モーターの力を借ります。一旦繊維を分解してしまう絹紡糸と比べ、カイコの繭からそのままの糸をとりだすので、人工的でない不均一な糸をとることができます。丁寧に織り上げられた商品からは上品な紬糸の風合いを感じることができます。

 

機械に頼るほど、手仕事の味が失われる

織、染、糸づくりの3点について、人の手を介さず省力化した商品と比較してみました。人の手を介さないということはコストダウンかつ均質な商品作りにつながります。モノづくりにおいて大切なことですが、それは人の手が作りあげた味を失うことにつながります。機械により生み出される工業製品はどこか素っ気ない、味気なく、その風合いもつまらないと感じてしまうものです。

紬をはじめとする伝統的工芸織物は、「人の手仕事」「自然の恵」がハイレベルに調和した唯一無二の存在です。文化的に豊かな眼をもった人が、紬を愛でる理由はここに集約されるといってよいでしょう。

日本のような先進国で民族衣装が普段着として愛され、さらにそれが伝統的な手法で作られているというのはまさに奇跡です。西洋化、機械化によって伝統工芸織物は途絶えてしまうと思われていましたが、日本人の優れた感性によって滅びることはありませんでした。

 

変化(退化)する日本人の感性

和から洋へ、多様化する文化の流れで繊細な美意識をはぐくむ土壌が減っています。そして長きにわたり凋落する経済環境の中、コストダウンを第一におかれた商品志向が進み、人々はモノづくりの良さを吟味、比較することも難しくなりました。スピード、便利さを優先する風潮によって衣食住が随分簡素化され、文化的レベルが下がっています。

廣田紬は伝統的工芸織物を通じて、その素晴らしさを伝え広めるのはもちろん、人々の完成を磨くようなモノづくりをしていきたいと思っています。

 

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