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問屋の仕事場から

2021.04.13
姿を消した韓国大島 ~伝統工芸品における海外移転の功罪~

その昔、韓国大島と呼ばれる大島紬が大量に作られていたことがあります。

その名の通り韓国製の大島紬のことで、反物の織り口に「韓国産」「made in korea」などと記載されている商品のことです。見かけは大島紬ですから、仕立てあがってしまえば素人には見分けはつきません。憧れの本場大島紬の半分以下の価格で購入することができました。

韓国産とスタンプが押された白大島、稀に廣田紬に鑑定依頼で持ち込まれることがある。

どのような背景で韓国大島は生まれたのでしょうか。

大島紬(織機の縞大島含む)が年間100万反近い空前の規模で作られていた頃、作れば作るだけ売れるという今では考えられない市場環境でした。

方々の産地で何とか大島紬と銘打った商品が作られていましたし、まがい物が世の中に氾濫していました。

現在でも生産される大島の名を冠した商品、堂々と商標登録されている。

さらなる増産を求めて1970年頃からお隣の韓国で作る動きがみられるようになりました。当時の韓国における人件費は日本の数分の一、大島紬の製造コストは人件費の塊ですから大きなコストダウン効果となりました。

問屋が資金を提供、製造設備の移転はもちろん、産地からの技術指導もあり韓国での大島紬?(精緻な絣織物)の生産が可能となりました。韓国側の輸出統計によると年間に20万反以上もの数量が作られており、この数字は奄美産地のピーク時の生産数量に匹敵します。

生産反数の推移グラフ

本場大島紬(奄美産地)の生産数を表すグラフ。

廣田紬では韓国産の大島紬を扱うことはありませんでしたが、社員旅行を兼ねて製造現場の視察を行ったことがあります。表面上はうまく作っているように見えましたが、緯糸の打ち込みが甘くすぐに絣が動いてずれてしまうなど、品質レベルの低さを露呈していました。

当初は粗悪品であった韓国大島ですが、徐々に品質が安定するようになり、技術的に難しい9マルキの製品まで作り上げるようになりました。

定番の亀甲絣(写真はまともな日本製)、技術移転が進むと相当数が韓国で作られることとなった。

泥染などの産地特有の技術はつかえないものの、その圧倒的なコスト競争力で産地を圧迫するようになります。別産地のまがい物の大島紬とは異なり、産地が異なるだけのコピー品ですから問題は深刻です。特に奄美産地においては大島紬は基幹産業ですから、他産地の台頭は島の経済にとって致命的なものとなりました。話が飛びますが、本場大島紬の廉価品的な位置付けであった村山大島紬(立派な伝統的工芸品です)は不利な立場で、急速に衰える原因となります。

奄美の産業構造、総務省統計より。第二次産業(大島紬の製造)が島の生命線であった。

さらに本場大島紬の信頼性を損なう事件が起きます。国産品に比べてブランド力に劣る韓国大島ですが、悪い業者もいるもので韓国で製造したものを輸入、日本製の商標を偽造して流通させていたのです。どうもあの機屋の商品は怪しいと噂が立ち、産地も対策に乗り出しますが、同様の事件は後を絶たちませんでした。黒歴史を詳しく記載することは避けますが、プロでも見分けがつかないニセモノが混入する時代があったのです。

奄美産の泥染め大島であることを証明する証紙。

理不尽なコスト競争にさらされ、更に信頼性まで失いかねないという大きな危機に見舞われた産地は、簡単にマネのできない技術の研鑽、法整備や商標の確立など対策をうちます。

国産の大島紬にとって大きな脅威となった韓国大島ですが、大島紬の需要の減衰とともにその声も小さくなっていきました。今では中古市場に流通するくらいで、ぱったりとその姿を消していました。

ヤフオクで流通する韓国大島、ほとんどが反物の状態で流通しているのがポイント。

様々な対策が功を制したのか定かではありませんが、韓国の人件費が上がってコストメリットがなくなったからというのが正直なところです。

人件費が上がって採算が取れなくなれば、さらなる低コストを求めて場所を移転をするのがセオリーですが、わざわざ一から技術指導するイニシャルコストが高すぎるのでそれも行われることもなくなりました。

メルカリでも多数がヒット、こちらも反物の状態が主である。

そして韓国でつくるコストメリットを失った大島紬は国内回帰することになります。高品質の織物を低コストで生産できるという強力な模倣困難性を取り戻した国産の大島紬ですが、その安すぎる工賃ゆえに後継者不足という致命的な問題を抱えることとなりました。

 

伝統工芸品における海外移転の功罪

古今東西、製造コストを下げる方法は人件費の安い場所で作ることです。

衣料品だけでなく、食料品、家電など様々な身の回りの国内ブランド製品が海外で作られ輸入されています。日本製が当たり前かと思われていた和の製品にに至っても例外ではなく、海の向こうに本場の産地以上の製造現場が存在します。

織物づくりの工程は万国共通、数十年前の海外視察時。

呉服の世界においては、コスト意識に敏感な和装小物をはじめ、最終工程である仕立てまでが海外で行われています。高額品は価格競争力が維持できるからといって全て国内に残っているわけではありません。労働集約的な作業が必要となる総絞りの着物や、手の込んだ特殊な西陣織などは中国でしか作ることが出来ないカテゴリーの商品があります。

材料についても同様で、昔は絹糸のほとんどは国内で製造されていましたが、現在は中国、ブラジルをはじめとする海外産が圧倒的多数を占めています。

国産絹糸の稀有な例、原産地にこだわる一定のニーズがある。

全て国産にこだわっていては、趣味の世界でしか通用しないとんでもない価格となってしまいます。先進諸国に分類される国に住む私たちは、海外の労働力の搾取と引き換えに、贅沢品とも言える和の趣味をリーズナブル?に楽しむことができるのです。

海外で飼われている蚕、品質もスケールメリットの一つ。

海外移転で一旦下がった商品価格は、人件費が上がったからといって簡単に値上げをするわけにはいきません。さらなるコストダウンを求めて別の場所で製造するのがセオリーですが、生産資材の移転コスト、1から教え直す教育コスト、品質が安定するまでの長い時間が必要です。それらのコストの採算を取ることが難しい場合、企業は早急に撤退するというのがベストな選択肢です。

人件費がダイレクトに商品価格に結びつく伝統工芸織物。

海外移転は確かに大きなコストダウンに結びつきますが、長期的な視野で見た場合は事業の撤退に繋がりかねません。安易なコストダウン、増産を目的とした韓国大島は、従来の本場大島紬の信頼性を毀損、理不尽なコスト競争を招き、産地が壊滅的に疲弊した原因の一つとなっています。

多大な混乱をもたらした韓国製大島紬、商品自体には罪はありません。劣化コピーというイメージが強いですが、なんせ生産量が現在の100倍近くあったのです。中には現在ではとても作ることのできない逸品もあることでしょう。

以上、大島紬が売れに売れていた頃の残滓とも言える韓国大島について取り上げました。

 

 

 

 

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