サラリとした風合いの結城縮、一時は結城紬の大半が縮織でしたが…
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問屋の仕事場から
- 2020.06.01
- 着れば着るほど風合いが増す? 経年進化の結城紬
織物の王様と呼ばれる結城紬は自動車が買えてしまうくらいの価格帯ですので、販売側もその売り文句が大げさになりがちです。様々なメリットが伝えられていますが本当のところはどうなのでしょうか。
※本ブログの結城紬については特に断りがない限り本場結城紬のことです。
「着れば着るほど、洗えば洗うほど着心地がよくなる」
「親、子、孫 三代に渡って使うことができる」
すでに明治の頃からこの文言が伝えられてきました。この結城紬独特の「伝説的」メリットは決して嘘ではありませんが、他の紬に相当しないかといえばそうでもありません。
結城紬と同じくらいに高価な郡上紬も、自動織機で織られた廉価な紬も場合によっては同じことが言えるのです。
なぜ結城紬だけが、経年で風合いが良くなり、3代に渡って着ることができると言われてきたか、説明します。
店頭に並ぶのは、ガチガチに糊付けされた反物
結城紬が呉服屋さんの店頭に並ぶときには、生地の糊が抜かれていない状態状態です。結城紬は丸巻きの反物ではなく平畳みの状態ですので、バシッとした糊のハリがすぐにわかります。特に縮織りは糸のハリのある生地感が顕著です。
結城紬に限らず、織物を織るときには糸にノリをつけます。毛羽立ちを防ぎ、経糸と緯糸の摩擦を避けるためで、織りあがった生地も糊がついた硬めの風合いになります。お湯に通して糊抜きをすることで元の風合いに戻るのですが、商品によっては市場に出たときにも糊がついたままのことがあります。
結城紬も糊がついたままです。高額品である結城紬は消費者の手に渡るまでには長い時間がかかり、極めて回転率が悪い商材と言えます。織りあがってから、売れるまでに数年がかりということは当たり前で、その間に様々な流通業者の間を行き来し、たくさんの人に着装(反物のままで試着)することになります。
販売までに10年かかることもザラで、もし糊をかませていないと表面が毛羽立ち、生地が痛んでしまいます。そして反物が消費者に売れた時点で初めて糊抜きがされ、結城本来のフワッとした風合いになるのです。結城紬は他の紬と比べても特に糊付の量が多く、その風合いの差は歴然としたものです。
消費者からすると商品を選ぶ時点で本来の風合いを知りたいところです。毛羽立ちのリスクを承知で先に糊抜きをする気骨ある呉服屋はほんのごく一部に止まっています。
勘が良い方はもうお分かりかもしれません、着れば着るほど風合いがよくなるというのは、着ているうちに糊が剥がれ落ちて、風合いが増して(フワッとる)なっていくことです。なので高価な手織り紬であろうと、自動織機で織られた廉価紬であろうと、糊を抜きをせずに着ることでだんだんと風合いはよくなっていくのです。
初めは結城紬を丁稚に着させた主人
大昔は湯通しだけでは完全に糊を落とすことは困難で、風合いが十分でない着物は砧打ちなどで柔らかくしていました。着用しているうちに糊が徐々に落ちていき、洗濯を繰り返すごとに風合いが増していきます。店の主人が新品の硬い結城紬をまずは丁稚に着させ、ある程度なじませてから着ていたと言われます。
現代の湯通し工程では酵素を使いますので、極限まで糊を落とすことが可能です。最初からフワっとした状態にすることも可能ですが、着心地の変化を楽しむのも結城紬の一興ですので少し固めに仕上げるのがオススメです。袷にするか単にするか、人によってもベストな仕上がりは違いますので、仕立てる前にリクエストしてみてください。
経年進化する結城紬の縮織
着れば着るほど風合いが魅力的になる結城紬、そのなかでも変化が一番感じやすいのが結城縮です。
結城縮は平織(非縮織りのこと)に比べて表面の凹凸がより豊かで、さらっとした風合いです。平織りに比べてややハリが残っていて、フワッと感とサラっと感が良い塩梅で同居しています。そして着れば着るほど、生地がクタッとしていきます。使い込まれた結城縮はトロッとした極上の生地になり、これが縮織りなのかと驚くほどに肌になじんできます。
まさに経年変化ならぬ、経年進化! 結城縮の恐るべき真価はここにあります。
縮織は現在ではほとんど作られることがなくなってしまいましたが、廣田紬ではその良さを知っているからこそ積極的に作り続けています。クタクタになって素晴らしい風合いになった結城縮、その風合いに慣れてしまえば他の紬にはもう戻れなくなってしまいます。
経年変化を楽しむことができるのも結城紬の魅力なのです。
三代にわたって着ることができる結城紬
よく結城紬は親、子、孫の三代にわたって使うことができるといいます。実際におばあちゃんが着ていた結城紬を着ているという方も多く、嘘ではないことは確かです。
しかし、他の紬についても同じことが言え、結城紬だからといって三代引き継がれているわけではなさそうです。結城紬は丈夫だから、耐久性があるから三代にわたって着続けられるというのは正しくありません。
三代に渡っても使うことができるのは、大変高価であることから丁重に扱われ、柄が普遍的なものであるからです。
耐久性の観点で言えば他の紬と変わらないでしょうし、無撚糸を用いていることからむしろ、毛羽立ちが多く摩耗しやす生地と言えます。どんな生地でも毎日着ていれば擦り切れますし、三代にわたって「着続ける」ことができるという都市伝説はよくよく考えればナンセンスであることがわかります。
言葉では表しきれない魅力がある結城紬ですが、眉唾の都市伝説に尾ひれ葉ひれがついて
『震災の津波被害にあった着物のうち、結城紬だけが洗張りで新品のように元に戻った』
というような荒唐無稽なセールストークに発展していたりします。
そんなバカなと疑いたくなるのですが、
「結城紬くらいしか洗い張りのコストをかけて戻す価値のある商品がなかった」とも受け取ることができるのです。
経年進化する結城紬、他で決してはなしえない魔法の生地を体験してみてください。