手でつむいだ無撚糸を使い織られる本場結城紬ですが、作り方によ…
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問屋の仕事場から
- 2019.05.03
- 重要無形文化財、無形文化遺産の織物
結城紬と小千谷縮/越後上布はともに国の重要無形文化財に指定、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。文化財、遺産というとなにやら大変な貴重品を連想させる響きがありますが、どういったことかを解説します。
まず大前提として、結城紬や小千谷縮/越後上布の反物それ自体が文化財というわけではありません。重要文化財といえば国が指定した歴史、学術的に価値の高い「有形物」を指します。指定されると文化財保護法に基づき、保護経費を公金で負担してもらうことができます。国のお墨付きがついた文化財は大変な価値を持ちますが、売買には一定の制限(実際はザル法で無届で売買されています)がかかります。
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平安神宮の蒼龍楼。東歩廊は建造後60年余りで重文指定、古さは重要でないことが分かる。
重要文化財は美術工芸品、建物合わせて一万件を超えますが、染織関係で指定されているのは一部の能装束、唐織など数えるほどしかありません。
結城紬、小千谷縮/越後上布は 重要文化財ではなく 重要「無形」文化財 にあたります。「無形」といわれるゆえんは無形の「工芸技術」そのものが文化財として指定されているからです。結城紬は有形のものですが、それを作る技術は有形物ではありません。故に反物になんらかの文化財の記載があったとしても、その反物が国が指定した重要無形文化財の技術を使って作られたというだけで、その個体が文化財であるわけではないのです。
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手括りで作られる結城紬の絣作り、あくまでも技術に対して重要無形文化財指定がなされている。
国の重要無形文化財に指定された織物とは
数ある織物の中でもその技術が重要無形文化財に指定された織物は6点のみ、製造にかかわる構成員が技術の保持団体として認定されています。
・結城紬 本場結城紬技術保存会(1955)
・小千谷縮/越後上布 越後上布・小千谷縮布技術保存協会(1955)
・久留米絣 重要無形文化財久留米絣技術保持者会(1957)
・喜如嘉の芭蕉布 喜如嘉の芭蕉布保存会(1974)
・宮古上布 宮古上布保持団体(1978)
・久米島紬 久米島紬保持団体(2004)
※括弧内は認定年、後発組の琉球織物3点は沖縄返還後であることがわかる。
認定されると毎年国から補助金が交付され、技術の保持にかかわる経費に使うことができます。平成31年度実績では530~1500万円と各団体でばらつきがありますが、産業として継続することが困難になり、数えるほどしか作られなくなった現状では大変重要な財源となっています。ジリ貧で補助金ありきの存在は好ましくありませんが、公金をつぎ込んででも守る価値のあるほどの重要な無形文化財であるということです。
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重要無形文化財技術の組み合わせ。喜如嘉の芭蕉布に玉那覇有公氏(人間国宝)の紅型を施したもの。
なお、個人がその技を高度に体得している場合は、重要無形文化財保持者として個人認定されます。一般に人間国宝とよばれているもので、染織では紬織の志村ふくみさんや、羅の北村武資さんなど多数が個人認定されています。生涯にわたり年間200万円の助成金が交付され、技術の伝承費用に使うことができます。
これらの人間国宝の方が作った作品自体が重要文化財にならないのは言うまでもありません。
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たいそうな桐箱に入った小千谷縮、重要無形文化財の墨書きも付加価値に・・・
以上、重要無形文化財とはどういったものか、その織物自体が何らかの文化財ではないことがわかったと思います。重要無形文化財という記述が桐箱に書いてあったり、証紙に記載されていたりするとそれ自体が大変貴重な文化財であると誤認する恐れもあります。WEB上にも文化財という販売文句があふれていますが、厳密に言えば優良誤認を招くクロですので注意が必要でしょう。
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重文レッテル問題に揺れた結城紬の旧証紙、誤認を招く表記は一掃された。
ユネスコ無形文化遺産に登録された織物とは
ユネスコ(UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization : 国際連合教育科学文化機関)とはその名の通り国連の文化、教育、科学事項を管掌する機関です。教育や文化を推進することで、人類社会の発展(貧困を防止し戦争につなげない)を目的とし、世界遺産の登録などの文化保全推進も行っています。
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パルテノン神殿を思わせるユネスコのロゴ、本部はパリに所在。加盟国分担金で日本は実質的にNo1である。
世界遺産が自然環境や構築物といった有形の不動産を対象にしているのに対し、無形の文化そのものに対しては無形文化遺産(Intangible Cultural Heritage)として登録がなされます。2000年以降に署名された比較的新しい条約のため、登録されているのは400件余り、日本では「和食」「能楽」など21件が登録されていて件数では世界で2番目に多いことになります。世界遺産の件数ランキングでは10位以下ですので、いかに日本文化の多様性が豊かで、しっかりと伝承がなされてきたかがわかります。
そして日本の織物文化では小千谷縮/越後上布(2009年)の結城紬(2010年)の2件が登録されています。
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結城紬の無形文化遺産の認定証。silk fabric production ”technique” あくまでも「技」に対しての認定であることに注目。
ユネスコの無形文化遺産が国の重要無形文化財と決定的に違うところは、補助金などの現金給付が一切ないことです。世界遺産登録されればその土地に住む人は観光収入増が望めますが、無形文化遺産登録されたからといってそれにかかわる人に直接的なメリットがあるわけではありません。そして国際的な「箔」がついたからといって大きく消費者の購買意欲UPにつながっているとは思えません。昨今では「きもの文化」自体がユネスコ無形文化遺産に推進される動きがありますが、仮に登録されても着物市場の拡大にはつながらないでしょう。
しかし国際機関から認められたということは、製造に携わる人の士気の向上につながります。自分たちの技術は世界でも稀有な文化遺産であるというプライド、地道な作業のモチベーションを維持するのには非常に重要なことだと思います。
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JR小山駅前の広場、ユネスコ無形文化遺産登録を祝うモニュメント。
ユネスコの文言を商品自体に記載することでいくらかの消費者アピールにつながりますが、結城紬は先のレッテル問題への反省から誤認を招きかねない文言(摺り込み絣は技術の対象外)は完全に排除しています。一方の越後上布/小千谷縮はユネスコ無形文化遺産登録の記述をしっかりと商品に張り付けてあり、商魂たくましい産地の性格が伝わってきます。
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小千谷縮、大そうな桐箱に加え、織りこみにも重文の文字、ユネスコの各種証紙が付与されている。
結城紬と越後上布/小千谷縮の2点が登録されたのは、糸作りから人が行う古来の方法が伝承されてきたからです。芭蕉布や宮古上布も同様であり十分にその資格があるかと思いますが、登録件数が少ない国が優先されていることと、他に優先すべきものがたくさんある(2年に1回しか審査のチャンスがない)中で類似カテゴリーはあえて推薦されません。日本国の絹織物と麻織物を代表するのは当分両者だけで収まりそうです。
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無形文化財登録された「山・鉾・屋台行事」、33件におよぶ各地の祭事が登録され、無形文化遺産のインフレ化が進む。
以上、重要無形文化財、無形文化遺産の織物について解説しました。決して機械化できない暗黙知のカタマリである職人技、悠久の時と共に地域で継承されてきた染織文化は人類のかけがえのない遺産に間違いありません。「重要無形文化財」「無形文化遺産」は特定の商品に付与される商売じみた販促フレーズではなく、製造に携わる人、受け継がれてきた地域文化に捧げられる栄冠なのです。