絹繊維の加工品を総称して「絹、シルク、Silk」といいます。…
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問屋の仕事場から
- 2018.07.04
- どれが重要無形文化財? 本場結城紬の種類
手でつむいだ無撚糸を使い織られる本場結城紬ですが、作り方によって様々な種類があります。この結城紬は重要無間文化財やらユネスコ無形文化遺産といった誇らしい謳い文句が並ぶことがありますが、内容を熟知していないと惑わされてしまうことになります。
まず一口に結城紬といっても結城地方で作られる紬全般を指すこともあり、本場結城紬としっかり区別することが重要です。意図してか本場結城紬に似せた様々な証紙が貼られていますが、それらには「本場」の文字がないはずです。誤認を招く商品が氾濫しているのは消費者の立場からすると紛らわしいだけですが、売り手側がしっかりとした説明をする必要があるでしょう。
本場結城紬の証紙の詳細は産地組合のHPでしっかりと解説してあります。以下は本場結城紬に貼り付けてある証紙ですので参考にしてください。
※冒頭写真は旧証紙となります。
地機で織られたものと高機で織られたものを区別し、更に緯糸に強撚糸を使った縮織がそれぞれにあるため4種類の証紙が張り付けられるのです。ちなみに平織と記載がありますが、綾織などの組織織りに対しての平織ではなく、縮織でないものを結城紬では平織と呼称しています。
文章に置き換えると以下のとおりになります。
①地機織りの本場結城紬
②地機織りの本場結城紬縮織
③高機織りの本場結城紬
④高機織りの本場結城紬縮織
製造コストのお話をすると、縮の地機織が一番高く、② > ① > ④ > ③の順になります。
これらすべてが重要無形文化財の指定技法で作られたものであるといえば、実はそうではありません。本場と名前がつけば重文であるかのような記述が見受けられますが、それは不当な表示です。
※2020年には新しいピンク色の証紙「変わり織り帯」が登場しています。浮組織を使った新しい取り組みで、帯に限定して作られるようになりました。
重要無形文化財指定の結城紬
誤解されている方も多いのですが、なにか特定の商品自体が国に登録された重要文化財であるということではありません。あくまでも重要「無形」文化財指定の技術で作られた商品ですよということです。商品の案内書きや箱書きに重要文化財などと記載されていると勘違いしてしまう人もいるでしょう。
そして①~④のうち、どれが重要無形文化財の指定技法で作られたものですかとなると、②~④は条件から外れてしまいます。結城紬の重要無形文化財指定の技法は以下のとおり。
材料:経糸、緯糸ともに真綿より手つむぎした無撚糸を使用すること
染め:絣模様を付ける場合は手くびりによること
織り:いざり機(地機)で織ること
③④は当然ですが、①より手間のかかる②の縮織も条件から外れてしまうのです。そうすると①はすべてが重要無形文化財指定の技法で作られたものかといえば、そうとは言えないものも存在します。
写真の2つの結城紬は両方とも①の技法で織られた亀甲絣の詰柄で、上の地色が白の商品を白黒反転すると下の地色が黒の商品になります。ただの地色違いかと思われますが、実は上の白地の結城紬は重要無形文化財指定の技法で作られていません。
文化財指定の染めの工程は「絣づけは手くびり」と指定されています。手くびりとは糸を紐で括って防染(マスキング)することをいいます。色を染める際は糸に染料に漬け込むわけですが、紐でを強く括った箇所は染料が浸み込まず、染まらないようになっています。括った紐を解くとそこが染め残され絣となるのです。
この手くびり、結城紬以外の様々な織物にも使われている古来から伝わる方法です。絣が細かくなればなるほど括る箇所が増え、場合によっては3ヵ月を要することもあるほどです。
さて、先ほどの亀甲柄を絣づけする場合を考えてみます。地色が黒で白の絣模様をつけようとすると、絣模様となる箇所を短い糸で括れば良いのですが、地色が白で黒の絣模様をつけようとすると絣模様となる箇所を長くとらなければいけません。原理からするとできないことはないのですが、板締めのようなはっきりとしたコントラストを出すのも困難です。
それを解決するには糸に染料を直接擦り付け絣を作る方法をとります。この手法が広まったのは昭和30年代以降で、古い結城紬の絣は紺地などの濃い色が多いのはそのためです。重要無形文化財指定の条件はこの「新しい」手法を条件として認めていないので、上の白地の結城紬は地機の平織(非縮織)であるにも関わらず条件を満たしていないのです。
これは白地だけに言えることだけではなく、地色より濃い色の絣模様を作る場合はすべて同じことです。したがって地色が淡い色の絣柄の商品は重要無形文化財指定の技法とは言えないのです。いままで市場に存在しなかった淡い地色の商品はその爽やかなデザインでたちまち人気を博します。当時はすでに重要無形文化財へ指定されていました(昭和31年に指定)が、誰も擦り込みで絣付けされている事実に対して文句は言いませんでした。決して隠していたわけではありませんし、結城縮も同様に誰も文句を言わなかったのはその技法が機能性向上(デザイン性や独自の風合い)に役立っているのだから目くじらを立てるほどではないという理由でしょう。現に昭和52年の文化庁の調査でも直接染色法の技術に対しても素晴らしい手仕事であると評価されています。
しかし時代が進むにつれコンプライアンスが重視されるようになり、景品表示法に抵触する恐れが出てきました。
この問題は一時新聞で大きく取り上げられ、公取委から警告を受けることになります。顧客対応に敏感な百貨店の店頭からは一時結城紬が姿を消し、結城紬にたいする信頼性が揺らぐことになりました。
事態の収拾のため産地側もこの問題に対して対策をとり、重要無形文化財指定の文字がない現在の証紙に切り替えをすすめます。切り替えは平成17年(2005年)、10年以上前のことで古い証紙の商品はほとんど流通していないはずです。この新しい証紙では地機と高機、平織と縮織が分かりやすく区別されています。しかし絣づくりの手法に関しては触れられていませんので、淡い地色に濃い絣である場合は擦り込みと推察するのが自然です。
ここまでの話をまとめると、重要無形文化財指定の手法で作られた結城紬とは、証紙が地機、平織(非縮織)であり、地色が絣より濃い商品、または縞格子無地の商品ということができます。
わかりやすいように結城紬の種類を表にしておきます。
こうして見ると一口に結城紬と言えど重文技法で作られているのはほんの一部であることがわかります。産地は商品から重要無形文化財の文字を完全に消してしまいました。重文という文言にこだわる消費者は少なからずいるわけで、誤認表示を避けようという産地の意図が見てとれます。ちなみに本場結城紬は経済産業大臣指定の伝統的工芸品でもありますが、指定要件としてやはり絣付は手くびりによることと定められています。結城紬が伝統マークを貼らない理由がなんとなく想像できます。
以上、結城紬を分類してみました。
昨年度(平成29年)の本場結城紬の生産はついに1000反(帯を除く検査反数)を割ってしまいました。産地も生き残りをかけて様々な取り組みを行っていますが、深刻な後継者不足に歯止めはかかっていません。作る商品全てを重文指定の技法で行なうべきなどと言っていては産業として成り立たないのは目に見えています。重要無形文化財のレッテルを捨ててまで商品作りに取り組む産地の姿勢は正しいといえます。
重要無形文化財はあくまで無形の存在であり、その技術をどんな形であれ後世に伝えていくことに意義があるのですから。