今回は書籍の紹介です。 「日本の自然布」 別冊太陽編集部 編…
- ブログ -
問屋の仕事場から
- 2019.02.21
- テキスタイルとしても光り輝く葛布
葛(くず)といえば、秋の七草にも数えられ、その根は生薬である葛根湯に、製したデンプン粉は葛餅などに使わるなど、日本人にはとても馴染み深い植物です。その繊維を織り上げた美しい布は「葛布」として現在も作り続けられています。
葛は日本中どこの野山にも自生していて、荒れ地でも繁茂する生命力の強さで知られています。その生命力の強さから外国では侵略的外来種として有害植物に指定されるところもあるほどです。つる性植物である葛は10m以上の長さになりますが、この蔓を採集し、皮と芯を抜いて靭皮繊維として使われるようになりました。
日本では有史以前から葛の繊維で布が作られており、「しな布」「芭蕉布」とともに古代布として知られています。危険な山深くに入って木の皮を剥いで作るシナ布や、3年間も管理栽培しなければいけない糸芭蕉から作る芭蕉布と比べれば、材料を確保する観点ではずいぶんマシなようです。それでも200g(帯一本分)ほどの繊維をとるには、10kg以上の生葛が必要で、他の自然布と同様に途方もない時間をかけて糸が作られます。
※工程詳細は掛川手織葛布組合のページで解説あり
葛糸は糸というより細い紐と表現したほうが良いかもしれない粗野なものですが、自然素材の中で群を抜く透明感があります。それを織り上げた葛布(産地では「かっぷ」と呼びます)は素晴らしい煌めきを放つのです。
こちらは冒頭写真の九寸帯地の表面で、経糸に絹が、緯糸に葛糸が使われています。昔は経糸も葛糸を使うものがあったようですが、江戸時代にはすでに麻や絹、木綿などの使用が一般的でした。葛布が生む光沢、輝きはどんな金銀糸からでも生み出すことのできない味わい深いものです。
組織を拡大して見てみます。
緯糸に葛糸が使われていて、結び目や繊維のダメージ(褐色化している箇所)が見て取れます。手仕事で作られた葛糸は全て太さが異なり、経糸に使われている均等な絹糸とは対照的です。
葛糸を使った帯は他産地でも作られていますが、掛川産地の葛布は品質の良さで別格です。
実は葛自体は日本以外でも自生している普遍的な植物です。葛で糸づくりは中国、フィリピンなどの他国でも可能で、実際に葛布を標榜する国外製品も存在しています。葛からとった繊維をとりあえず使えば自然布らしい布に仕上がるのでしょうが、素材の選別、醗酵、洗いなど基礎的なところをしっかりやらないと、葛布独自の美しい艶のある光沢と透明感は生まれません。
今回紹介したような美しい掛川の偏平糸はたいへん手間がかかっていて美しいのですが、通常の撚り糸にしたものは苧麻のようなイメージで従来の美しい葛布とは異なるものになります。
その繊維自体が美しい葛布は本来着色などの加工は不要です。葛布をお求めの際にはどこの産地で作られたものかを含め、その品質をよく見極める必要があります。
和装品以外に使われる稀有な伝統工芸織物
葛布は粗野な原紙布ではありますが、ひときわ美しいその生地は貴族や武士の夏の衣服に使われていました。江戸時代には掛川(東海道の主要宿場町であった)の葛布が交通の発達もあって全国に広まり、裃、道中羽織、袴などに広く使われるようになります。
明治に入り、衣料品としての用途で生産が激減すると、新しい用途を模索、襖地や壁紙などへの展開が始まります。和装分野にマーケットがほぼ限られる他の伝統工芸織物とは違い、インテリア用途として成功をおさめることになります。
外貨獲得の目的もあり積極的に海外へ販路を開拓、主にアメリカ向けにKakegawa Grass Cloth として輸出されます。壁紙としてはとんでもなく高価なものでしたが、その美しさが認められてホワイトハウスやバッキンガム宮殿にも採用されるほどになったのです。
需要の急伸と共に量、コストダウンが求められることとなりました。そこで産地は材料(葛苧)を韓国から輸入するようになり、国産原料は使われなくなってしまいます。しかし韓国は国策として葛布を推進し、国内産業保護のために葛苧の輸出を全面禁止してしまいます。ダンピングともいえる禁輸で原料の供給が急に止まり、価格競争力が失われた葛布製作業者はほとんどが廃業の道を選ぶこととなりました。
現在では以前のように大規模な産業ではなくなりましたが、高品質な葛布を作り続けています。帯地や袴(蹴鞠用)など和装分野への展開は限定的なもので、壁紙をはじめとしたインテリア、日傘やバッグなどの小物、様々なものに応用されています。
和装分野に頼らない時代に即した商品展開の姿勢は、産地が生き残っていくのに絶対に必要なことです。自然布ながら高級感を放つ葛布の素晴らしい特性あってのことかもしれませんが、他の伝統工芸織物の産地も見習うべきところがたくさんあるはずです。ビジネスとして生存できない伝統文化は必ず淘汰されてしまうのですから。