平成29年現在で伝統的工芸品の織物分野には現在37品目が指定…
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問屋の仕事場から
- 2021.02.18
- 絹糸と生糸は同じ!? まぎらわしい糸の呼び方
絹糸と生糸の違いがわかりますでしょうか。実は同じ染織業界でもポジションによって全く意味の違う糸になります。
「大島紬は生糸で作られた紬です。」
着物に詳しい人ならばなんの違和感もなく受け入れられる言葉です。紬と名前がついているのは昔の名残、節のある紬糸を使わないためツルッとした独自の生地感は大島紬の特徴です。
これを素で英訳してみますと
「Ohshimatsumugi is made from rawsilk」
rawsilk=生糸
生糸(きいと)とはその名の通り生の糸のことで、精錬工程や撚糸工程を経ていない糸のことを指します。蚕の繭から糸をとった一本の糸を繭糸(けんし)といいますが、その繊維の芯(フィブロイン)にはセリシンと呼ばれる膠質(タンパク質)に覆われています。重量比でいえばフィブロイン70%、セリシン30%となります。繭糸はとても弱いので糸として使うことができず、何本か束ねて糸にしたものを生糸(きいと)と呼んでいます。
生糸は生絹(なまきぬ)ともよばれ、セリシンに覆われた糸はゴワゴワの硬いものですので、精錬(アルカリ処理)することでセリシンを取り除きます。三角形のような断面のフィブロインは、光をそれぞれが乱反射して煌びやかな光を放つことになります。
精錬でセリシンが取り除かれた絹糸を練絹と言い、私たちに馴染み深いシルキータッチ、本来の柔軟さをもつ糸になるのです。
精錬工程を糸の段階で行い織るのが先練(さきねり)の織物、生地を先に織りあげてから精錬を行うのが後練(あとねり)です。振袖や訪問着などに使われる白生地(ちりめん生地)などは後練でつくられています。
大島紬も生糸で織ったあとに、精錬を経てしなやかな生地になるのでしょうか。
しかし大島紬の工程に後練は絶対にありません。
大島紬は生糸で織られているわけではなく、最初から精錬された柔らかい絹糸で織られているのです。
「大島紬は生糸で作られた紬です。」
???・・・
ではなぜ生糸という表現が使われているのでしょうか。
それは従来使われてきた節のある紬糸に対して、平滑な糸を生糸と称しているからです。大島紬の産地に限った話ではなく、他産地でも平滑な絹糸のことを生糸と称しています。
日本の伝統工芸織物の世界ではツルッとした練糸(先練りの絹糸)のことを生糸(きいと)と呼んでいるのです。
精錬前の糸は生糸(なまいと)と呼んで区別、生糸(なまいと)で織られたものは俗に生紬(なまつむぎ)と呼ばれ、硬質感を特徴とする生地になっています。
※生紬という名称は(株)しょうざん によって商標登録されています。
糸屋さんや白生地屋さんからすれば本来の意味ではありませんので大変紛らわしいことです。生糸を辞書で調べても精錬前の「なまいと」である旨の解説がされています。
染織に関わるプロが練絹糸のことを生糸と呼んでいる事実、一般の方は余計に意味を混同してしまいます。
紬などの工芸織物の世界では、以下の認識での呼称が蔓延していることを知っておいてください。
「生糸(きいと)とは精錬前の絹糸のことであるが、日本の伝統工芸織物の世界においては精錬後の平滑な練糸のことをさす。」
以下、蚕の繭から練糸になるまでのフローです。
繭
↓
①繭糸(カイコが吐いた繊維一本)
↓
②生糸(繭糸を複数束ねて繰り出した糸)
↓
③練糸(生糸を精錬、撚って加工した糸)
①〜③を全てシルク、絹糸という表記をすることができますが、②と③が堂々と混同して使われている現状、どうも腑に落ちないところです。本ブログにおいても先練り糸のことをしばしば生糸と表現することがありますが、できる限り改めて行きたいと思います。
以上、紛らわしい呼称が使われている現実を整理、解説させていただきました。