絹繊維の加工品を総称して「絹、シルク、Silk」といいます。…
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問屋の仕事場から
- 2019.01.15
- 一着はもっておきたい黒い普段着
黒い着物といえば喪服のイメージが強いかもしれませんが、黒い紬であればフォーマルだけではなく普段着としても使えるので活躍の場が広がります。そして一口に「黒」といっても様々な黒系統の色が存在し、さらに生地の違いで様々な表情を見せてくれます。
鉄黒、墨黒、茄紺、檳榔子染(びんろうじ)、天鵞絨(びろうど)・・・ 日本では古来から様々な表現で黒色を表してきました。曖昧さを内包した日本独自の呼称は情緒のあるものですが、RGB(赤、緑、青)の組み合わせで定量的に表すことができます。黒はすべての値が無の状態、(0、0、0)と表すことができ、完全な暗黒の状態です。反対に白は全ての値がMAXの状態で(255、255、255)と表されます。実は黒(0、0、0)の染料はこの世に存在せず、真っ黒な生地は存在しえません。
似たようで微妙に異なる多様な黒をみてみます。
様々な「黒色」 「色の名前と色見本(和の色)」から一部抜粋したものですが、聞きなれない固有の色名称ばかりです。玄(13、13、13)は黒と同義の言葉で、真っ黒と呼んでもよいでしょう。RBGの値を同じ比率で上げていくと明度が上がり、白に近づきます。着物に使われる黒は黒ければそれでよいというわけではなく、最高級の黒としては檳榔子染(67、61 、60)が紋付きのフォーマル着物に使われます。冒頭の写真の結城紬の色、墨(89、88、87)は明確に黒とは言えませんし、薄墨色(163、163、162)に至ってはもはや黒というカテゴリーに属しません。
そして色は生地によっても大きく影響を受けます。絹、麻、綿などの繊維の種類によっても光の反射率(吸収率)が異なりますし、糸の太さや織り方によっても異なる表情を見せます。複数の黒系統の反物を並べて比べてみます。
左から結城紬、大島紬(紬糸使用)、読谷山花織(無地場)、久米島紬。いずれも経糸と緯糸が一本一本交差する平織の組織で、フォーマル物に使われる生地に比べて光の反射が抑えられています。紬糸を使用することでさらに渋い発色になっていて、表面のランダムな凸凹が色の深みさえ与えてくれています。
一方、こちらは下井紬の綾織着尺、紬糸を一切使わない織物です。「まるまなこ」と呼ばれる綾織は光をきらびやかに反射します。糸の種類、織技法の違いで全く別物に仕上がっていることがわかります。同じ墨黒でも渋い黒とドレッシーな黒、着用するシーンも異なってくるのです。
先ほどの4反(右から大島、読谷、久米島、結城)に戻ります。
大島紬(車輪梅)と久米島紬(グール、ティカチ)は泥染が行われており、さらに深みのある黒に仕上がっています。この点に関しては諸紬(経糸と緯糸に紬糸を100%使用)の最高級の生地である結城紬でもかないません。それなら結城紬の泥染が欲しい、となるかもしれませんが繊細な結城紬の手紬糸は何度も泥を揉みこむ工程に耐えることができません。風合いの観点からすると最高な結城紬ですが、色彩を楽しむ観点からすると少々味気ないものになってしまうかもしれません。
風合いの良さが際立つ黒い結城紬
そうはいっても結城紬はその質感でほかの紬の追随を許しません。着用している本人はもちろん、諸紬の最高の風合いは少し離れたところからでも見る人が見れば分かるほどです。特に無地、そして黒色は生地の表面の様子が目立ちますので、質感はとても需要なものになります。
実は結城紬のベースカラーは黒であるといってもよいくらい黒系の染料が多用されています。廣田紬で誂える結城紬の無地も黒系統の色が多く、たくさんの色見本が保管されています。
化学染料を使う結城紬は色の定量管理が可能といえそうですが、はやりそこは手仕事の塊、同じ色を別のロットで再現できるとは限りません。手つむぎの糸は太さや均一性が異なりますし、染料を糸の芯まで行きわたらせる工程「たたき染め」は手仕事です。織子さんが変われば打ち込み具合の変化もあります。複数の要因が重なれば微妙な色の違いとなって現れます。完全な色調のコントロールが困難なのは手仕事の雑味として甘受いただきたく存じます。
以上、様々なところで活用する黒い無地の紬、流行や廃れがないまさに一生ものです。着物だけではなく、羽織やコート、洋装にも活用することができますし、反物自体が切手のような普遍的な存在といえるでしょう。在庫リスクになりにくい性格の商材ですので、複数の種類からお選びいただくことも可能です。別誂えも含めてぜひ一度ご相談ください。