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問屋の仕事場から
- 2021.03.24
- 結城紬は丈夫!? 加速劣化試験で明かされた耐久性
糸に撚りをかけない繊細な無撚糸で織られた生地である結城紬、理屈からすると耐久性は良いとは言えない織物です。マスクにおける着用で酷使された生地を考察することで結城紬の耐久性が明らかになりました。
「結城紬は三代にわたって着続けられる大変お得な着物である」という売り文句、それが意味するところは耐久性ではなく、世代間を超えて着ることのできる普遍的価値があるということでした。釘が抜けるほど丈夫な牛首紬などとも呼ばれますが、絹素材である以上はナイロンなどの化学繊維の強度に勝ることはありません。
※参考記事:紬の着物は三代使える!?
結城紬には糸は撚りをかけない手紬糸が使われます。撚りをかけない無撚糸で織られた生地ははふわっとした最高の風合いをもたらす一方、擦れで繊維がほぐれて毛羽立ちやすい生地になります。そして繊細な糸であればあるほど擦り切れやすいデリケートな生地といえます。
しかし実際に結城紬を着てみると、そのような心配なく案外丈夫であることに気づかされます。価格が高価なだけあって扱いが丁寧になるのか、他の紬とくらべて特段擦り切れやすいということもありません。
生地表面はくたびれてきますが、着れば着るほど味が増していき、愛着のある生地になるのです。
そんな不思議な結城紬、毎日の使用で酷使されたマスク生地を検証することでその魅力を再発見することができました。
織物生地の加速劣化試験とは
商品開発の場においては、その商品が設計寿命通りに機能するかどうかを検証しなければいけません。
例えばスマホを5年使えるような設計寿命にするのであれば、ホームキーは100万回(365日×5年×500回/日以上)押しても壊れることのないような強度が求められますし、建材のような長期間(50年)にわたって使われるものであれば1年を通じての温度変化や風雨や紫外線の影響を受けても問題ないかをテストする必要があります。
実際に5年や50年の時間をかけてテストするわけにはいきません。そこで俗に加速度試験機と呼ばれる、時間を加速して使用状況をシミュレーションできる専用の機械を使い様々な耐久性試験をします。
この加速劣化試験で壊れてしまうようでは製品として失格で、メーカーにとっては商品の信頼性を検証する重要な工程です。
アウトドアウェアなどでは耐久性試験は行われますが、伝統工芸織物製造の場においてこのような検証が行われることはありません。漢方薬が経験則から安全や効能が立証されてきたのと同じで、わざわざ試験は必要ありません。使い物にならない商品は歴史の中で消えていく運命だったといえるでしょう。
前置きが長くなりましたが、毎日使用するマスクで結城紬の加速劣化試験が叶いましたのでその報告をしていきます。
使いこまれた結城紬の贅沢マスク
廣田紬で作成した結城紬のマスク、世界一高価な絹織物で作られた大変贅沢な代物です。白生地を草色に後染めした生地を、熟練の和裁士さんが丁寧に仕立てたマスクです。
廣田紬の中の人が秋から冬にかけてほぼ毎日の高頻度で使用、当初の生地と比較すると色の変化、生地のヨレ具合などからくたびれていることがわかります。
実際に結城紬の着物を着たとしても襦袢や襟がありますので、直接肌に触れることはほとんどありません。多少着用したくらいでは着物は洗濯する必要もないのです。
しかしマスクの場合は話が別で生地が直に肌にあたり、長時間擦れ続けます。皮脂やファンデーションなどが付着して汚れますので毎日洗濯しなければいけません。
高頻度で結城紬を着る人は数年に一回洗い張り(着物を解いて洗濯)をしてメンテナンスをします。
マスク使用での擦れによるダメージ、そして毎日の洗濯+乾燥。その環境はまさに数十年の使用環境をシミュレーションする加速度試験機にかけたといってよいでしょう。
生地の比較をしてみると、一番ダメージが蓄積しやすいマスクの内側に一番変化が見て取れます。糸の節を中心に毛羽立ち、生地がだいぶ馴染んでいる様子がわかります。
肌と直接接することによるスレ、数十回にわたって洗濯を繰り返していますが、一か所も破れることがなくまだまだ現役で使うことができるのには驚きです。無撚糸をつかうことによる生地の耐久性不足が懸念されましたが、この加速劣化試験を見ている限りは十分耐久力がある生地と評価できます。
組織を拡大してみました。
繊維がほどけて荒れ、毛羽立ちの原因となっていることがわかります。節糸となっている個所はもともと糸が太く、多少ほどけたくらいでは糸自体が切れることはありません。ほどけた繊維もほつれて抜けてしまうことなく、生地の一部であり続けます。
以上、実際に結城紬をマスクとして生地を酷使してみた結果、予想以上に耐久性のある織物であることがわかりました。
結城紬は着れば着るほど風合いが増していくと言われますが、生地がくたびればくたびれるほど、使えば使うほど生地に愛着がわいてきます。
節糸が一本一本が浮かび上がる手仕事の生地、コロナ禍において毎日着用することで、その愛すべき生地の魅力を再発見することができました。