本日12月26日で廣田紬の年内の営業が終了します。最終日は一…
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問屋の仕事場から
- 2018.05.01
- 紬は実はとってもお値打ち価格
紬をはじめとする伝統工芸織物は気の遠くなるような伝統的な工法でつくられます。まさに人件費の塊ともいえる紬はコストダウンが難しく、なかなか一般の人がおいそれと買える価格帯ではありません。しかし考え方を少し変えると、とてもお値打なものであると気づかされます。
比較的原価率が高い呉服カテゴリー
商品の価格は仕入値に販売側の利益を足したものになります。贅沢品(高額品)となると商品の在庫回転率が悪いものですから、それなりの利幅を確保しないと営業が成り立ちません。一般的に高額品であるほど利幅が大きく設定されているものです。
百貨店では贅沢品カテゴリーとして呉服、宝飾品(時計含)、美術品をひとくくりにして「ごほうび」と呼びます。(呉)(宝)(美)の接頭語をとって捩ったものです。多くの百貨店は呉服屋から発祥しており、呉服畑というと出世へのエリート街道でした。しかし現在では呉服が売り上げ全体に占める割合は縮小を続け、売り場すら設けないお店もあるほどです。一方、宝飾、美術は呉服ほどの落ち込みはなく堂々とポジションを確保しています。
いずれも生活に必ずしも必要でない贅沢品ですが、やはりそれぞれピンからキリまで価格帯があります。ピン(最高級品)の場合、宝飾であればハイジュエラーの品は数百万~数千万、中には億を超えるものもありますし、数百万オーバーの時計もゴロゴロしています。美術品でも絵画は数百万円を超える品はザラで、名の通った巨匠の絵であれば数千万~億単位で取引され投機対象にまでなっています。
一方呉服の場合、百万の位の品はあっても一千万オーバーの品はよほどの特別なものでない限りありません。ある百貨店が年に一回開催する外商催事は、各方面から最高の品を集めた着物の最高峰を志す昂然たる会です。今年度のカタログを見てみると、留袖や振袖といった格式高いフォーマル物の価格帯は高くても2~300万円代、一番高い訪問着で480万円の価格付けがされていました。
通常の感覚からすれば、被服に数百万費やすのはとんでもないことかもしれませんが、数千万、億単位の商品が揃う宝飾、美術品と比べてみると呉服カテゴリーの商品の値付けはかわいいものです。
宝飾品、時計はジュエラーやメーカーの宣伝コストがかなりの部分を占めます。各ブランドを束ねるグローバルグループが巨額の広告、宣伝費用を投入してブランディングを作り上げているのです。そうして作られたブランド料を足し合わせると本来の価格の何倍にもなってしまいます。生産数が限られているレアアイテムに至ってはその希少性からさらに価格が上のせされています。実際の製造コストに比べ大きな宣伝コストがかかっているのが宝飾品、時計の特徴といえるでしょう。
そして美術品に数千万から億単位の価格がつく理由は、希少価値の高いものが仕入時のオークションでつり上がり、製造コストからすると法外なものになっているからです。世の中の景気によって価格は飛び跳ねますし、作家の認知度、その時の流行具合によっても変ります。製造コスト、原価という概念が他と少し違うのが美術品です。
その点において呉服はとてもマジメな値付けがされています。莫大な広告宣伝費は不要ですし、仕入れコストが常に変化することもありません。ごく一部の作家物を除いて、原価に対して一定の掛け率で販売されており、ある程度の相場というものが醸成されています。宝飾や美術のように数千万~億単位で販売されることはないのです。
時計やアクセサリーであれば数百万円でもポンと購入してしまう富裕層が、着物になると躊躇するのは少々解せないところではあります。札値に対する製造原価のことを考えると、「ごほうび」の中でも一番高い(マジメな商売?)のが呉服なのです。
着物の中でコストパフォーマンスが抜きんでる紬
着物は振袖、留袖、訪問着、付下げ等たくさんの種類がありますが、市場規模の観点でみるとフォーマル物が中心です。それらフォーマル物には百万単位のお金を費やすことを厭わない人たちが言うのが、「普段着の紬に大金を出すのはもったいない」という文句です。
言わんとすることはわかりますが、よくよく考えてみてください。同じ金額を払うのであれば、生涯で指を折るほどしか着ない可能性が高いフォーマル着物より、毎日でも着ることのできるカジュアル着物のほうがコストパフォーマンスが良いとは思いませんでしょうか。
少々無粋な例えになりますが、100万円の留袖を10回(2年で1日×20年)使うと一日当たりのコストは10万円になります。100万円の訪問着を100回(年に5日×20年)使うと一日当たりのコストは1万円です。しかし100万円の結城紬を1000回(年に50日×20年)使うと一日当たりわずか1000円なのです。
紬は人件費の塊
紬をはじめとする伝統的工芸織物は、職人がひたむきに真面目に作った手仕事の成果物です。糸づくりから始める結城紬などは製造に数か月を要しますし、中には1年以上費やすこともあるほどです。
例えば結城の100亀甲の詰の商品は作るのに一年かかります。これが日本人の平均年収(420万円、2015年国税庁調べ)の半分以下の価格で求めることが可能な事実、大変値打ちがあると思います。仮に人件費の計算を茨城県の最低時給(796円)×稼働時間/日(8時間)×稼働日数(5日×50週)とするならば、単純な人件費だけで約160万円になります。一反を作るのに人件費だけで160万円を費やしていたら、原材料品、流通コストなどを載せていくと、それこそとんでもない価格になります。
実際は結城紬は内職を含む分業制でありこのような単純計算は成り立ちませんし、少しはスケールメリットが効いています。しかしそれでも職人の工数から考えたら大変お得な値付けになっているのです。
人件費の塊ともいえる紬ですが、それをそのまま商品価格に転嫁することができていません。時給労働では計上されない内職によって支えられている事実、労働力の搾取というと言い過ぎかもしれませんが、それが実情なのです。
そして産地によっては国や自治体の公的な補助金なしには成り立たないこともあります。最近ではふるさと納税の返礼品に伝統工芸織物が使われるなど、タックスイーター化している側面すら見え隠れします。価格だけをみれば大変な贅沢品の伝統的工芸織物、しかしそれを作る手間を考えてみると、付けられている価格は生産者に申し訳ないくらい値打ちものであることがわかります。
以上、価格だけをみれば現実離れした紬ですが、その内実を知り、少し考え方を変えると、大変なお値打品だと思えてくるのです。