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問屋の仕事場から

2019.01.18
廣田紬の海外向けページを開設しました

廣田紬の海外向けwebサイトを開設しました。魅力あふれる日本の伝統的な布を海外にも発信してまいります。

古来から脈々と歴史をつむいできた伝統工芸織物ですが、そのすべてといってよいほどが国内の和装市場向けに生産されています。不可逆的なライフスタイルの変化、人口の減少という構造的な問題を抱えていてはマーケットとしてジリ貧状態となっているのが現状です。

そこで国内向けだけではなく、少しでも日本の伝統的な布を知ってもらうべく海外発信のページを設けました。テキストベースで地味ではありますが、少しずつ確実に情報を発信していきます。

太平洋戦争が終結する前、日本は外地と呼ばれる海外領土をもっていました。台湾、朝鮮、樺太、南洋諸島には日本人が大勢入植しており、内地と同じような生活ができるよう日用品が輸出されます。大きな都市には呉服屋が進出し、外地の日本人が使う呉服が当たり前のように売られていたのです。

廣田紬の創業者である廣田勘蔵も海外(台湾、香港)に進出、繊維製品の現地生産にも乗り出しました。すると日本人が普段着ている和服が評判を呼び、現地の住民からそれを分けてくれないかと懇願されたのです。終戦により日本の衣料文化が現地に根差すことはありませんでしたが、良いものは良い、民族が異なっても理解され受け入れられたのでした。

現在もKIMONOは日本を代表する文化の一つですが、それを外国人向けに販売するとなると土産物やコスプレ用途の商品が主です。そして西陣織や友禅染といったインパクトのあるフォーマル物の認知度は髙いものの、それらは公家をはじめとする限られた支配層の文化です。大多数の庶民の文化である普段着の織物はほとんど知られていません。

廣田紬では真に日本の染織文化といえる「手仕事の布」を発信してまいります。この類まれない多様な染織文化が布を愛する海外の人にも受けいれられ、少しでも産地の活性化、伝統の継承に繋がれば幸いです。

 

以下、トップページの概訳

 

 

日本の伝統的な布

世界には様々な染織文化が存在しますが、中でも日本は伝統的工芸織物の宝庫とも言えます。シルクロードを通じて伝わった絹織物とその染織技術は日本独自の進化を遂げ、KIMONOとして世界中に知られています。WWⅡ後、日本の衣料文化は急速に洋装化してしまいましたが、ハレの日には必ず着物を着ますし、近年においては着物で町(旧市街)を歩く若者が増えています。多くの日本人にとって着物は普段使いされないことからレンタル衣裳が主になっていますが、日本人のアイディンティティを語るときに外せないアイテムであることは確かです。

着物は文化として定着している一方、伝統産業としては風前の灯にあります。現在一般的に手にすることができる商品のほとんどが化学繊維の海外産品で、着物の形状をしていても、日本古来から伝わる伝統的な衣服とはかけ離れているのが事実なのです。

日本各地には古来から伝わる様々な染織文化がたくさん存在しています。ユネスコの無形文化遺産に登録された結城紬や小千谷縮/越後上布をはじめ、驚くべき伝統が地方の田舎で続いているのです。日本のような工業先進国において一定の規模の市場が形成されていることは驚くべき事実で、高価でも伝統的な布の良さを認めて愛でる人がいるからこそ、世界で類のない多様で特殊なマーケットが維持されてきました。

 

私たちが紹介するもの

 

私たちが紹介するのは高価ながらも普段着として使われる至宝の布です。熟達の職人が作り出す手仕事の布は数値や言葉で表すことのできない最高の風合いを持ちます。日本は南北に長い国土を持ち、世界一の豪雪地域がある一方、太陽の照りつける南国の島もあります。四季がはっきりとし、夏は暑く冬は寒い気候の中で生まれた生地には様々な先人の知恵が宿っています。

それらの中には何十年にも及ぶ修練を経た職人の手により、時には一年以上かかって作られる貴い布もあります。人件費の塊ともいえるそれらは大変高価なものですが、日本ではそれらを普段着として着こなす「粋」な文化があります。

それらは海外の布を愛してやまない人々にも必ず興味を持ってもらうことができると信じています。

現在はほとんどが着物好きの嗜好品として使われていますが、もとは一枚の布ですので着物の形にこだわることなく様々な使い方が可能です。洋服に仕立てたり、小物への加工、インテリアとして住宅の内装に・・・可能性は無限大です。

人類は有史より前に織物を発明し、衣服をはじめ様々な物に利用してきました。自然の恵から糸をつくり、染め、織り上げる染織文化は世界中の様々ななところに点在しています。まさに自然との共生ですが、ライフスタイルの変化や科学技術の進化により、ここ1世紀ほどの間に急速に衣料文化の画一化が進みました。民族衣装が廃れてしまうと、それを作る技術もいつしか忘れられてしまいます。人から人に受け継がれるそれらの技術は暗黙知の塊で、一度失われてしまうと復興させることは困難です。

私たちは世界中の布を愛してやまない人と日本各地の伝統織物産地のハブとなることで、少しでもこの素晴らしき伝統を未来に残すことができればと思います。