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問屋の仕事場から

2019.10.05
彩が冴える煮綛芭蕉布

黄色の服

芭蕉布といえば自然布らしい生成り(手を加えないそのままの状態)の濃いベージュの色味をイメージしますが、染色することにより独特の色合いを持たせた「煮綛(にーがしー)」芭蕉布と呼ばれるものが存在します。

芭蕉布は南西諸島における庶民の衣服と思われがちですが、琉球王府においては士族の衣服として色とりどりに染色されたものが使われていました。服地においては黄色(チールジー)が最上(中国の影響を強く受けている)とされ、まとう色で身分をはっきりとさせていたのです。

国宝の黄色地鳳凰蝙蝠宝尽くし青海立波模様衣裳 

現在芭蕉布が作られている喜如嘉では庶民の夏服として生成りのタイプのものが作られていましたが、王族や支配階級のおひざ元である首里においては鮮やかな色に染色された芭蕉布が作られていました。

色のついた芭蕉布が煮綛芭蕉布と呼ばれ るのは、芭蕉の糸を綛(カセ:糸を一定の長さで束ねたもの)のまま煮込むことにあります。木灰汁で精錬することで糸が柔らかくなり、染色しやすくなるのです。藍や茶は昔ながらの伝統色ですが、特に赤や黄色といった鮮やかな色の入ったものを煮綛芭蕉布とよんで区別しています。

「ノーマル」芭蕉布の九寸帯、生成地に素朴な絣模様が入る。

しかし煮込んで精錬し、染色することで芭蕉の糸は傷み耐久性が落ちます。それでは被服として用をなさないので、特別に選別された一部の糸しか使うことができません。着尺の場合、ハナグーと呼ばれる繊細な糸が1キロ近く必要ですが、一本の糸芭蕉からは数g程度の糸しか取れません。染色用の糸はさらにキヤギと呼ばれる芯に一番近いところからしか取れず、いかに煮綛芭蕉布の着尺が貴重で手間のかかったものかは推して知るべしです。

20mにも達する福木、フクゲチンと呼ばれる黄色の色素を含むのは樹皮。

黄色を作るのは主に福木(フクギ)と呼ばれる常緑高木で、沖縄では防風林や防潮林として普通に使われているものです。樹皮を細かくチップにして煎じると黄色い染料を得ることができ、琉球紅型で使われる黄色もこの福木由来です。

冒頭の写真の商品、黄色い煮綛芭蕉布の九寸名古屋帯です。

芭蕉の糸の透明感と相まって黄色がより鮮やかに見えます。

他にも深緑(楊梅)、水色(琉球藍)、赤(茜)、茶(車輪梅)など様々な植物由来の染料で染められた色がちりばめられています。

花織(浮き織)も入っていて、煮綛芭蕉布に対する力の入れようが見て取れます。それもそのはずで、煮綛芭蕉布は主に工芸展への出品作品用に制作されているのです。

今回紹介の商品は人間国宝である平良敏子さんの白寿記念展に合わせて作られたものです。

御年99歳にもなる平良さん、今でも糸績みを続けられています。喜如嘉では少子高齢化が加速度的に進み、煮綛芭蕉布を作ることのできる糸作りが困難になっています。遠くない将来、図録などでしか見ることのできない希少な布になることでしょう。

白寿記念展に出品されていた別の九寸帯地、濃緑地に絶妙な格子模様が浮かび上がる。

 

意匠が商標登録されている有名なタータン柄の紙袋、煮綛芭蕉布の配色と近似しているのは偶然か。

 

幻になる芭蕉布の着物

帯よりも繊細かつ、数倍の糸量が必要な着尺は年に数反というレベルで作られています。そして生地にしてから整理工程に入る通常の芭蕉布と違い、糸から精練、染めて織る煮綛芭蕉布の着尺は特殊中の特殊品です。藍(琉球藍)、茶(車輪梅)を使ったものが主流ですが、昔は黄や赤などのカラフルな着尺も作られていました。

図録にのこる素晴らしい芭蕉布の着尺地。

今から20年ほど前に発行されたNHK出版の図録「平良敏子の芭蕉布」の表紙には鮮やかな黄色の着尺が風に舞っています。帯はもちろん、たくさんの煮綛芭蕉布の様々な着尺が紹介されてました。他の産地においてもそうですが質、量ともにピークだった頃は過ぎ去り、幻の逸品となりつつあります。

大柄な井桁絣と三段組(ミダングミー)の藍染着尺。

そして残念なことに芭蕉布は越後上布などの麻製品と違い経年で生地が劣化します。特に繊細な糸を使う着尺、その中でも糸を先練り、染色を行っている煮綛芭蕉布の着尺は経年劣化が早いと言えるでしょう。

そして芭蕉布は結城紬のように洗い張りなどのメンテナンスで延命できるものではありません。着和装市場が全盛のころに作られた素晴らしい煮綛芭蕉布の着尺、それらは経年劣化により「着物」としては適さないものになっている可能性があります。

車輪梅をつかった茶色の着尺。緯絣でナミガター(波型)が入る。

そもそも生地を折り曲げる「おはしょり」や帯で締めあげるタイトさは琉装にはありませんでした。ラフに纏うのが正解なのですが、近年の着物のスタイルに無理に当て込んだのがナンセンスなのです。

新造されることが稀となり、過去に作られた逸品は耐久性の観点から着物として着ることができない煮綛芭蕉布、着用している人を見ることは奇跡といえるのではないでしょうか。

色鮮やかな煮綛芭蕉布、着尺の希少さはさておき帯でも大変めずらしいものです。工芸品展に出品されるクラスの逸品、もし見かけたときは注意深く観察してみてください。芭蕉布再興に人生を捧げた平良さんの集大成が輝いていることでしょう。

 

 

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